政策システムとは何か

<趣旨>

 20世紀後半以降、先進諸国の社会は大規模な変化に見舞われている。市場経済化の進展、科学技術の発展、そしてグローバル化の加速に伴って、多くのフィールドにおいて新たな政策課題が生まれつつある。そして、それらの挑戦に応えるべく、各国では様々な政策革新の実験が試みられてきた。
 現在、それらの実験を通して二つのことが明らかになりつつある。第一に、政策革新の成否の鍵を握るのは、個別の政策内容の改良だけではない。すなわち、それらの政策の背後に存在する様々な主体の相互作用の構造(=政策システム)を明らかにした上で、そこに働きかけることを通じて変化を実現するメカニズム(=メタ政策システム)と戦略等が必要とされている。第二に、現代の政治現象は、政治学の伝統的な分析対象である政党・官僚制・利益集団などの概念では捉えきれないような多様な領域へと広がりを見せている。具体的には、市場における政府と民間主体の連携・協働、国際政治経済と国内政治の相互作用、そして科学技術の開発・応用体制を巡る専門家・企業・公衆の相互関係に見られるように、様々なフィールドに「埋め込まれた政治」が浸透するようになっている。
 本研究では、「政策システム」及び「メタ政策システム」という概念を用いて、このような先進諸国における政策の実験と革新のダイナミズムを把握することを目指す。そこで、本稿では政策システムという概念の内容を明らかにすると共に、その環境条件であるところの市場化の進展、科学技術などに関する知識生産活動、国際政治経済との間の相互作用、そして時にメタ政策システムを巻き込んだ政策システムの変化と適応のメカニズムに関する分析枠組を提示する。

<政策システムの分析枠組>

 全体の分析枠組である「政策システム論」は、まず、その構成要素である政策システムメタ政策システムから構成され、それらを取り巻くものとして様々な環境条件を置く。さらに、政策システムやメタ政策システムの構成要素としては、主体・ルール・場の三つを考え、それらの要素から導かれる構造・スタイルによって各システムを特徴付ける。全体の枠組としては、特定の構造・スタイルの下で一定の政策の組み合わせを実施している政策システムに、環境条件の変化に対応して適応圧力が加わり、場合によっては政策システムの「腐朽」と、メタ政策システムによる新たな政策システムの「創出」と政策の変化がもたらされる。この際、システムの構成主体は様々な戦略を用いて変化を実現する。こうした政策変化の見方は、環境条件から区別された変化の要因を示すと共に、幅広い変化のメカニズムを視野に入れ、国際的な比較研究への道を開くことができる。

 若干詳細に述べれば以下の通りである。「政策システム」は、政策の決定・転換に影響を与える、様々な主体の相互作用のシステムとして定義される。各国における政策システムは、安全保障政策や福祉政策など、個別の政策領域を単位として存在する。そして、このような政策システムに変化をもたらすメカニズムとして「メタ政策システム」が存在している。メタ政策システムは、時に、マクロレベルで様々な政策システム間の統合・調整を担う存在であり、時に暴走して、外部から政策システムの変化を促す存在である。複数のメタ政策システムが並存している場合も多い。このような政策システムやメタ政策システムは、個別の具体的政策をアプリケーションとするならば、アプリケーションの基礎にあるオペレーション・システム(OS)としての位置付けを有している。
 政策システム・メタ政策システムは、多様な環境条件の下に存在している。環境条件としては、民主政治の最も基本的な担い手であるところの一般市民の意見、すなわち世論に加えて、市場における経済活動、科学技術などに関する知識生産活動、国際政治経済という三つの要素が特に重要であるものと思われる。さらに、一国内のレベルでは、ある政策システムが別の政策システムの環境条件として存在していることもある。いずれにせよ、政策システムの作動メカニズムは、環境条件との関係で理解されなければならない。
 政策システム、メタ政策システムは、様々な主体によって構成されている。伝統的な政治学において扱われてきた政治主体である政党、官僚制、利益集団は、当然のことながら政策システム論において重要な位置を占める。さらに、地域組織、地方政府、企業、社会運動、専門家集団、メディアなど今日の政策の形成・実施において欠かすことのできない役割を担う主体も、これらのシステムを構成する主体として分析の対象となる。
 例えば、メタ・政策システムとして、従来注目されてきたのは政党と官僚制であった。政権交代は変化をもたらす政策システムの主要な動因であると認識され、官僚制の裁量行使も日常的な変化の契機を提供してきた。しかし、現在では、このような伝統的メタ政策システムの機能不全が見られるとともに、新たな政策システムの要素と思われるものが登場しつつある。国内の中央政府と地方政府の関係(実験場としての地方政府)や国とEUを含む地域機構との関係(地域機構による新たなアイデアの発信)に見られる政府間関係、一定の自律性を持つ専門家・技術者の自律的活動によるしばしば意図せざる帰結の創出、市場やそれを構成する企業による非政府ベースでの自生的な秩序構築やその政治的含意、多様なメディアによる新たな対象への社会的な「注意」配分とアジェンダ設定、あるいは近年様々な局面で試みられている横断的な社会ビジョン構築等はその例に当たる。
 政策システムやメタ政策システムにおいて、各主体が政治的意思決定の手続に参加する際には、その資格や活動範囲を定めた様々なルールが存在する。ここには、選挙制度や議会制度といった最も基本的な政治制度や、政党と官僚制の関係を定める諸制度のように、主としてメタ政策システムにおける主体間の関係を規定するルールから、政策システムのレベルにおいて利益集団や専門家による政策要求と助言を政策形成に反映するための審議会制度などのルールまで、幅広いルールが分析の対象となる。さらに、それらのフォーマルなルールだけでなく、政党と官僚・利益集団などの日常的な接触に際して用いられるようなインフォーマルなルールも、政策システムのあり方を考える上で無視することはできない。
 政策システム、メタ政策システムの主体は様々なにおいて活動している。代議制民主主義における意思決定の最高機関である議会はもちろんのこと、官僚機構やそれを取り巻く審議会なども政策形成の場として日常的に用いられている。さらに、EUのように超国家的な地域レベルで場が設定される場合もある。この場は、ルールと同じく、フォーマルな正当性を有するものと、インフォーマルな形で利用されるものに分けることができる。
 このように、政策システム・メタ政策システムを構成する主体が、多様な場において、一定のルールの下で活動すると考えるならば、それらのシステムには様々な構造・スタイルが存在していると考えられる。ここには、政治学・行政学において発見されてきた様々なタイプの特徴付けが含まれることになる。

<政策システム研究の意義>

 この分析枠組を提示する意義としては、次の三つを挙げることができる。第一に、政策システム論とは、政策を説明するための分析枠組である。すなわち、各国の様々な政策領域における政策システムの構造・スタイルを抽出するだけでなく、そうした政策システムやメタシステムの特質の分析を通じて現実の政策決定とその転換を説明することを目指している。これは、ともすればメタ政策システムの特徴付けそれ自体を行うことを目的としてきた従来の政党システム論、政官関係論、政治空間・舞台における象徴分析や、個別分野の政策システムの特徴付けのみに焦点を当ててきた政策ネットワーク分析、族議員研究とは異なる立場を取ることを意味している。研究においては、メタ政策システムと政策システムとに関する相互作用という現実的にも理論的にも興味深い領域に焦点を当てた。
 第二に、この分析枠組において重視されている政策変化の要因は、環境条件とは区別されている。その場合には、環境条件の変化が、従来の政策システムの構造・スタイルに媒介されて生じる変化と、環境条件の変化に従来の政策システムでは対応できず(腐朽)、メタ政策システムによって政策システムの刷新(創出)が行われることを通じて生じる変化という二つのタイプが存在する。しかし、いずれのメカニズムによって政策変化が生じる場合でも、環境条件の変化は自動的に政策変化を導くわけではない。もちろん、規範的なレベルでは、政策決定を脱政治化して、市場環境の変化や科学的知識の蓄積に応じて適切な政策的対応を取るべきであると考える立場もありうるが、現実の政策決定は政策システムやメタ政策システムの影響を免れることはできない。そのような現実を出発点にするという点で、この分析枠組は極めて政治学的な立場を取っている。
 第三に、この政策システムの分析枠組においては、従来は政治学の分析対象となっていなかったような幅広い変化のメカニズムが視野に入っている。すなわち、政権交代や政治改革・行政改革、利益集団の再編といった、政治学者には馴染みの深い変化のメカニズムに加えて、専門家集団による知識生産、メディアによるアジェンダ設定、企業やNPOなどの民間主体との連携による政策実施、政府間関係における相互作用など、現実の政策システム内部で展開する多様な主体間の相互作用を通じて政策変化を説明するのが目的となる。従って、どのメカニズムが最も強く作用するかという問題よりも、それらのメカニズムがいかなる形で政策変化を生み出しているかを明らかにすることが重視される。

<シリーズの構成>

 本政策システム研究においては、政策システムとメタ政策システムの相互関係、特に伝統的な政権交代等に限定されないメタ政策システムのあり方を探ることに重点を置く。そのため、経済政策や社会福祉政策といった個別の政策分野は基本的にはとりあげない。
 具体的には、メタ政策システムとして、伝統的な政権交代のほかに、EUにおける地域統合、地方分権化、メディア、科学技術を採り上げる。このうち、メディアと科学技術は、ある意味では環境条件とメタ政策システムの中間に位置する。メディア一般は環境条件に位置する現象であるが、政治メディアはメタ政策システムの構成要素である。科学技術については、科学技術研究活動一般は環境条件であるが、科学技術研究の担い手である専門家、企業、これらの活動の影響を受ける公衆は、課題の可視化や社会ビジョン構築等の活動においてメタ政策システムの構成要素となる。
 もちろん、メタ政策システムも以上の例に限定されるものではないかもしれない。例えば、裁判所の政治的機能といった課題も、メタ政策システムの観点からは重要である。ただし、本研究プログラムにおいては、量的限界から、EU統合における経験の一要素として欧州裁判所の役割に注目するに留める。

政策システム図