学術創成研究プロジェクト
平成13年度新プログラム方式による研究
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ボーダレス化時代における法システムの再構築

■研究目的
本研究の目的は、現代世界における多様な「ボーダレス化」がもたらす法システムに対する挑戦を、全体として実証的かつ理論的に把握し、それに対する法的戦略を構築することにある。
古代ローマ以来、ヨーロッパの様々な思想潮流の中で鍛え上げられてきた「法」的な関係の本質的特徴は、無限の多様性を包含する具体的人間関係・社会的関係を人為的に細分化・分節化し、それぞれ独自の構造原則を有する「法的関係」として構成する点にある。ヨーロッパの法律家たちは、常に「ナマの」現実との矛盾緊張関係を鋭く感じながら、社会関係のたゆまぬ法的分節化を進めていった。それはきわめて創造的でダイナミックな運動だったのである。
非西欧諸国にも導入され、普遍化した西洋法の思考の中核には、この意味での「峻別」「境界付け」という運動がある。「公法」と「私法」の間、「制度」と「契約」の間、更に諸制度や諸契約類型の間、「公」と「私」(日本流に言えば「官」と「民」)の間、といった具合に無数のボーダーが引かれることにより、世界が法的に分節化された。厳格に定義された抽象的な法概念である「主権」によってはじめて構成された「主権国家」というボーダーを主要な枠組とした法的システムが形成され、外交関係、権力行使、財産関係と経済活動、裁判、治安と安全の維持、家族関係、その他人間生活・社会生活のあらゆる側面が、各領域に固有の法的形式によって運営されていった。
しかし現代世界においては、以上述べた様々なレベルのボーダーの急速なる相対化・流動化が、しかも各レベルにおける変化が相互に原因となり結果となるかたちで確認される。例えば経済・社会の国際化は、直ちに、従来相互に区別されてきた国内の様々な法的領域(例えば「業界」と呼ばれてきたようなもの)の間の相対化をもたらす。また、人と情報の移動の活発化は、国際的な安全保障と国内の刑事法システムとの部分的融合を生む。コンピュータ・ネットワークで国際的につながれた継続的取引システムは、当事者と法的関係の個別化を前提とした従来の債権法的取引関係の根本的な再構築の必要性を示唆する。そしてこのようなボーダーの相対化は、従来分節化されていた法概念・法制度の相互浸透という形で、法的思考にはね返ってくる。

他方で、アジア・アフリカや旧共産圏諸国は、まさにこのような動きの故に、これまでにない速度と深度において国内の法的形式を欧米の法システムに従って変革することを余儀なくされている。それらの地域では、「ボーダーレス化」が逆に新たな分節化を促すという複雑な状況が見られるのである。

以上に述べた意味での複合的な「ボーダーレス化」にともなう諸現象とその相互の関連とを正確に把握し、それらが全体として持つ意味を明らかにすること、更にこのような変化にただ追随するのではなく、変化した現実との矛盾緊張関係を再び意識しつつ、現代的な条件の下で新たな法的形式を構想し、それにもとづく法システムを再構築することは、世界の法律家に課せられた課題である。

このことは、とりわけ日本の法律家にとって、大きな知的挑戦を意味する。第一に、日本では、19世紀にこのような西洋的法システムが、「法」を君主の命令として理解する傾向の強い中国的な法的思様式の上に効率的に移植されたために、法的思考に本来内在する創造性とダイナミズムに対する意識が必ずしも強くなかったと言わざるを得ないからである。また第二に、アジア諸国において、グローバル化によって法システムの西洋的分節化が急速に進む結果様々な摩擦や混乱が生じていることは、これらの諸国と特に関係の深い日本に大きな影響を及ぼすからである。
本研究では、専門領域を異にする研究者たちが、(それ自体が絶え間ない分節化の結果生まれたものである)それぞれのボーダーを超えて国際的な共同研究を行なうことによって、現代の様々な法領域に見られる多様な変動の実態を正確に把握し、それらの相互の関係を検討し、更に長い時間的パースペクティヴの中でその歴史的意味を明らかにすることに努める。このようにして得られた認識を前提として、現在の法的な制度、法概念、法的形式等をどのように再構築していくべきかを提案する。これは今後数年のうちにロースクール化等の要請にともない求められると思われる法学の研究体制の再編成のアカデミックな基礎ともなる。

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