Will Kymlicka and Magda Opalski (eds.), Can Liberal Pluralism Be Exported?: Western Political Theory and Ethnic Relations in Eastern Europe.
 
 
 ウィル・キムリッカの名はロシア・東欧研究者の間ではあまり広くは知られていないが、政治理論・法哲学などの分野では世界的に著名なカナダの研究者である(1)。その理論の概要を敢えて乱暴にまとめるなら、基本的にリベラリズムの立場に立ちつつ、従来のリベラルが軽視しがちだった集団的アイデンティティの問題を正面から見据えることでリベラリズムを豊富化しようとするものといえるだろう(2)。種々の民族・エスニシティ論、共同体論、フェミニズムなどからの挑戦を限定的に吸収しつつ、リベラルな多文化主義論を構築するのが彼の課題である。この試みの成否はともかく、これが魅力的な企図であることは多くの人の認めるところであり、大きな影響力を誇っているのもうなずけるものがある(3)
 本書は、そのキムリッカが、自己の理論の旧ソ連・東欧諸国(本書でいう「東欧」は旧ソ連諸国をも含んでいる)への適用可能性を探ろうとした試みである。書物の構成は、キムリッカによる長大な導入論文、一五人の論者(その過半が旧ソ連・東欧の内部の人)によるコメント、そしてキムリッカのこれまたかなり長いリプライとなっている。多人数の筆者たちによる論集の通例とは違って、あくまでもキムリッカ個人の理論を中核におき、それをめぐる討論という形をとった作品であり、それ故、以下の論評も書物の全体をなぞるのではなく、キムリッカの所説に集中することにする。
 私はかねてからキムリッカの理論に、一定の疑問をもちながらも惹かれるものを感じていたので、本書にも大きな期待をもって読み始めた。だが、期待が大きすぎたせいか、多くの点で失望させられたことを先ず告白しておかねばならない。とはいえ、このような「大物」が旧ソ連・東欧の問題に目を向けたこと自体は歓迎すべきことであり、たとえそれが結果的に失敗作であろうとも、どうしてそのようになったのかを検討することには十分な意義があるだろう。
 
     一
 
 本書におけるキムリッカの議論は、一般論の要素と旧ソ連・東欧諸国への適用論とからなるが、先ず前者からみていこう。その内容は、前著『多文化時代の市民権』と――部分的な補強ないし修正を含むとはいえ――基本的にほぼ同様のものである(以下、両著の各所で述べられている主張については典拠指示を省き、本書の特定個所にかかわる場合のみ、本文のカッコ内にページ数を示す)。
 古典的(正統派)リベラルは、民族・言語・文化・アイデンティティなどは私的領域に属すものであって、国家が関与すべきではないと考え、それらの問題を軽視してきたが、キムリッカは国家には公用語が必要であり、特定言語の習得が市民生活を送るための要件となることを指摘し、これを私的領域の問題とみなすことはできないと主張する。また、市民が市民であるためには、その国の基本的な制度(憲法に代表される)を受容していることも必要とされる。こうして、国家の存立にとって、言語と基本的制度からなる「社会構成的文化(societal culture)」の維持・促進は不可欠であり、従って純粋のシヴィック・ナショナリズムというものはありえない。それと関連して、ネーション・ビルディングとかナショナリズムというものを全面的に否定するのは非現実的である。問題は、多数派主導のネーション・ビルディングが内部の少数派に対して抑圧的で非リベラルなものになるのを避けるにはどうしたらよいかにある、と彼は考える。
 このように民族・言語・文化・アイデンティティなどの問題を重要視する一方、様々な民族やエスニック・グループの要求をすべて認めるのは不合理でもあり、またリベラリズムの原則に背くことがあると彼は考える。そこで、文化的アイデンティティにかかわる要求を認めるのは、どういう原則に基づいて、どのような範囲においてなのかということが問題となる。このような問題設定に、リベラルな多文化主義――その一例としてリベラルなナショナリズム――を志向する彼の立場があらわれている。
 キムリッカは、様々な概念の区別論を提出し、それによって、認められるべきものとそうでないものとの区別の基準を立てようとする。たとえば、彼によれば、リベラルな国家でも市民は社会構成的文化(言語および憲法的な制度)を共有していなくてはならないが、それは、いわば「薄い(thin)」共同性であって、より広い意味での文化・宗教・生活習慣その他多様な要素の共有まで含む「濃い(thick)」共同性ではないという。図式化するなら、「薄い」共同性に基づくナショナリズムはリベラルたりうるが、「濃い」共同性まで要求するナショナリズムは非リベラルになるということだろう(4)
 どのような集団の、どのような要求が認められるかという問題に関して重要なのは、民族的マイノリティ(national minorities)とエスニック集団(ethnic groups)(主として移民からなる)の区別(5)、そして自治の権利をもつのは前者のみ――但し、後者にも、それと区別されるエスニック文化権および特別代表権は認められる――という議論である。これは前著以来の持論であり、確かに一見したところ鮮やかな議論だが、民族的マイノリティとエスニック移民集団の区別はどこまでうまくいくのかという疑念も避けられない(注2・3で挙げた多くの文献もその点に触れて、疑問を提出している)。区別に困難のない事例の場合には明快な対応策が立てられるかもしれないが、どちらに属するのかの判断が難しい集団について、彼らに自治権を認めるべきか否かの論争・紛争が起きるなら、この議論だけでは答えにならない。しかも、現に争われている多くの紛争は、実はそうしたケースに該当するのである(6)
 もう一つの区別は、要求の性質に関わる。キムリッカによれば、「対外的保護」の性格をもつ要求は認められるが、「対内的制約」の性格をもつ要求は認められない。前者は集団間の公平の見地から必要であるのに対し、後者を認めないのは集団内の個人の自由の見地からだとされる。この区別も、一見したところ鮮やかだが、実際問題としてどこまでうまく線が引けるかという疑問がある。「保護」のためにこそ「制約」が必要という局面もありうるからである。これは特に言語紛争の例に顕著である。相対的に劣勢な言語を維持するためには、まさしく「対外的保護」の見地から「対内的制約」を課すほかないという論理が、カナダのケベックでも、ペレストロイカ期以降のウクライナやバルト諸国でも出されていることを思えば、この論点の重要性は明らかである(7)
 マイノリティ問題への対応の難しさの一因は、「少数派の中の更なる少数派」という厄介な問題――あるマイノリティ集団に特定の権利を与えると、その内部に存在する「更なるマイノリティ」の権利が抑圧されるおそれがある――にあるが(8)、キムリッカはこの問題に対して、一応の回答を提示している。多民族的連邦制において全国政府のネーション・ビルディングにマイノリティの権利が歯止めをかけるのと同様、地方政府レヴェルにおいても、その地方での多数派(全国レヴェルでは少数派だが)によるネーション・ビルディングとその中でのマイノリティ(少数派内の少数派)の権利が対峙してバランスをとるべきだというのが彼の処方箋である(pp. 50-52, 351-355)。これもまた、一般論としてはもっともな提唱のようにみえるが、実際問題として考えた場合、果たしてこれで解決になるのだろうかという疑問が出てくる(9)
 一般論の検討の最後に、背後に前提されている「民族」観に触れておきたい。この点は著者によって正面から論じられているわけではなく、軽く触れられているだけだが、立論の暗黙の前提をなしているように思われる。たとえば、本書には、民族的アイデンティティの安定性に言及した個所がある(p. 26)。前著でもそうだが、キムリッカは、どちらかというと「民族」という集団の変わりにくい「所与」としての側面に注目している(10)。もちろん、絶対に変わらないといっているわけではなく、いわゆる「本質主義」的発想に立っているわけではない。にもかかわらず、相対的には変わりにくい側面を強調することによって、結論的には事実上本質主義に近づいている観が否めない。そのことは、帰属意識自体が流動的であるような事例――これは旧ソ連・東欧において珍しくない――に対して鈍感になるという結果をもたらす。また、歴史上、多くのエスニック・グループ/言語が隣接する大きなグループに吸収され、消滅してきたが、そうした事例も軽視し、今日まで残っている相対的に大きな民族集団のみに注目することにつながるように思われる。
 
     二
 
 以上にみた抽象的な一般論については、いくつかの疑問点も提示したが、それにしても大きな問題提起としては興味深いものだという評価が可能である。では、旧ソ連・東欧諸国の事例への「応用」についてはどうかという問題を次に検討せねばならない。結論を先にいうなら、残念ながら落胆の一語に尽きる。キムリッカが対象地域の事情にあまり通じていないため、事実認識の不正確な個所が多々あるが、そのことはある意味で当然であり、そうしたことを一々あげつらうのは不毛である。より大きな問題は、事情に通じていないにもかかわらず、「分かっている」と思いこんで、様々な提言を高みから説教しようとする姿勢の感じられる点である。
 彼の提言は多岐にわたるが、基調をなしているのは、民族的マイノリティの権利、とりわけ自治権(場合によっては自決権を含む)を認めるべきであること、また国家体制として多民族連邦制が好ましいことの主張である。この主張はそれだけとって抽象的にみれば穏当な提言であるかにみえる。問題は、そのような「望ましい処方箋」がなぜ現実には採用されていないのかの理解にある。
 キムリッカは、東欧諸国の人々がマイノリティの自治・自決権や多民族連邦制について不当な偏見をもち、それらを頭から峻拒しているという風に理解し、そうした偏見を解き、これらがよき解決策であることを納得させようと努めている。そうした啓蒙的論調が本書の大部分を占めている。だが、そこには大きな前提的誤解がある。旧ソ連・東欧諸国で今日、民族自決権や多民族連邦制がどちらかというと不評――キムリッカがいうほど全面的に峻拒されているわけではないが――なのは、それらの観念が知られていないからとか、あるいは抽象的原則として拒否されているということではなく、むしろ一般論としては正当なお題目でも、具体的条件下での適用如何では意図と食い違った結果をもたらしうることへの危惧にある。それなのに、そうした具体的条件下での適用についてはごく軽く扱い、ひたすら一般原則としての正当性を強調するのでは、全くのすれ違いというしかない。
 ソ連史研究者にとっては言わずもがなのことだが、旧社会主義国では七〇年余にわたって「民族自決」がイデオロギー的に強調され続けてきた。そして、今日それが不人気なのはそうした過去への反撥、一種のアレルギーに由来する。ところが、驚くべきことに、キムリッカはそのことを完全に等閑に付している。これは、「現存した社会主義」がどのような社会だったかの認識のほぼ完全な欠落であり、致命的といわなくてはならない。
 本書でも前著でも、社会主義時代について正面から論じることはなされていないが、あちこちの軽い言及では、マイノリティの権利が完全に無視され、大民族(ソ連でいえばロシア人)への同化政策がとられてきたという認識をもっているようにみえる。たとえば、前著には、民族的忠誠心を根絶しようとする共産主義諸国の政府の努力は失敗したという趣旨の記述がある(11)。欧米のソ連民族政策史研究では、ある時期まで、社会主義政権の自画自賛における虚偽性を暴露するために「民族破壊」の側面を強調する議論が盛んだったが、近年はむしろ、ソヴェト政権は独自な形で「民族形成」を進めた――それは必ずしも「民族破壊」と矛盾するものではなく、コインの両面である――ことを指摘する研究が増えつつある(12)。キムリッカはそうしたことには完全に無頓着である(13)
 多民族的連邦制についても、ソ連・ユーゴスラヴィア・チェコスロヴァキアではまさしく社会主義時代にそれが実践されてきたのであり(14)、今日、ロシア以外の諸国が連邦制を拒否しているのは、そのような歴史的記憶によるところが大きい。ところが、そうした経緯を知らずに、多民族的連邦制をあたかも新奇な教説であるかのごとくに説こうとする姿勢は、滑稽にさえ映る。
 地域的自治と非領域的・文化的自治に関する彼の議論についても、社会主義者の間での議論を追ってきた者には既視感が拭えない。彼は、ある個所では、地域的自治に一方的に与するものではなく、ただ偏見をなくすべきだというにとどまると述べ、中立的なポーズをとっているが、議論の全体としての力点は明らかに地域的自治擁護に傾いている(pp. 361-369)。そして、そこに述べられている論拠は、レーニンやスターリンのバウアー批判によく似ている。にもかかわらず、そのことの自覚が彼には完全に欠けている(自説がレーニン、スターリンそっくりだといわれたら、彼は目を白黒させることだろう)(15)
 このように対象への内在的理解を欠いたまま、キムリッカは旧ソ連・東欧諸国の人たちに向かって、「君たちは知らないだろうが、西側では近年、リベラル・プルラリズムというすばらしい理論が開発されているから、それを教えてあげよう。君たちもこの処方箋をとりたまえ」という御託宣を垂れている(16)。このような態度は、押しつけがましいパターナリズムとの印象を免れない(17)
 
     *
 
 はじめにも述べたように、キムリッカは政治理論の分野では多くの優れた業績をあげ、世界的に高く評価されている論客である。そのような人が、こと旧社会主義諸国に関する限り、こんなにもお粗末な認識を懐いたままで著作をものすることができると考えているとは、何とも残念なことである。
 おそらく旧ソ連・東欧の専門家たちの間では、本書はあまり大きな反響を呼ぶことはないだろう。だが、特定地域を離れて一般論の観点から民族・エスニシティ・アイデンティティなどの問題に関心をもつ人たちは、この地域の事例に一般理論を適用した最初の例として、本書を歓迎するかもしれない。こうした悲劇的乖離が放置されているのは、ロシア・東欧史研究者の非力のあらわれである。その意味では、われわれの責任の重さを痛感させる書物でもある。
 
(1)主な著作として、Will Kymlicka, Multicultural Citizenship: A Liberal Theory of Minority Rights, Oxford University Press, 1995(『多文化時代の市民権――マイノリティの権利と自由主義』晃洋書房、一九九八年)、Contemporary Political Theory, Oxford University Press, 1990(『現代政治理論』日本経済評論社、二〇〇二年)、The Future of the Nation-State /「国民国家の未来を考える」(和英対訳、第五回神戸レクチャー)、日本法哲学会ほか、一九九八年などがある。
(2)キムリッカ理論の解説の例として、石山文彦「訳者解説」(キムリッカ『多文化時代の市民権』所収)、同「多文化主義理論の法哲学的意義に関する一考察――ウィル・キムリッカを中心として」一‐六(完)『国家学会雑誌』第一一三巻第一・二号‐第一一五巻第九・一〇号(二〇〇〇‐二〇〇二年)、飯田文雄「多文化社会におけるリベラリズム――ウィル・キムリカの場合」一‐五(未完)『神戸法学雑誌』第四九巻第一号、第五一巻第四号、第五二巻第一号、第五三巻第四号、第五四巻第四号(一九九九‐二〇〇五年)などがある。
(3)キムリッカに好意と批判を交えつつ関心を表明した議論の例として、井上達夫「リベラル・デモクラシーとアジア的オリエンタリズム」今井弘道、森際康友、井上達夫編『変容するアジアの法と哲学』有斐閣、一九九九年、同「多文化主義の政治哲学――文化政治のトゥリアーデ」油井大三郎、遠藤泰生編『多文化主義のアメリカ――揺らぐナショナル・アイデンティティ』東京大学出版会、一九九九年、同「国民国家の生成と変容」『二〇世紀の定義』第四巻(越境と難民の世紀)岩波書店、二〇〇一年(これらの作品は、その後、加筆修正の上、同『普遍の再生』岩波書店、二〇〇三年に収録された)、杉田敦「寛容と差異――政治的アイデンティティをめぐって」『新・哲学講義』第七巻(自由・権力・ユートピア)、岩波書店、一九九八年、早川誠『政治の隘路――多元主義論の二〇世紀』創文社、二〇〇一年、第四章などがある。
(4)キムリッカは、シヴィック・ナショナリズムとエスニック・ナショナリズムという通常の分類を拒否し、それに代わるものとして、本文に紹介したような議論を提起している。ここでいう「濃い」共同性を要求するナショナリズムとは、エスニック・ナショナリズムとほぼ合致するだろう。他方、「薄い」共同性に基づくリベラル・ナショナリズムは、言語に注目している点でシヴィック・ナショナリズムと異なる。とはいえ、シヴィック・ナショナリズム論者の多くも、言語を中核とする「薄い」共同性の必要まで無視するとは限らないと考えるなら、従来の一般的な区分とキムリッカの区分はそれほど決定的に違うわけではないようにもみえる。
(5)なお、本書ではこの二大集団以外にいくつか別の類型――孤立したエスノ文化集団(アーミッシュなど)、不法移民、アフリカ系アメリカ人――も挙げられており、あわせて五類型となっている(pp. 21-47)。また、旧ソ連・東欧の事例に即して、分類困難なハード・ケース――ロマ、バルト・ロシア人、クリミヤ・タタール、コサック――も挙げられている(pp. 73-82)。だが、これらは簡単な補足に過ぎず、基本は依然として当初の二分法にとどまっている。
(6)キムリッカはリプライの注でこの問題に触れ、あらゆる政治的概念はハード・ケースとグレー・ゾーンを含むが、だからといって無意味ということにはならないし、概念をめぐる論争に対しては、真摯な討論における意見不一致と自己利害に基づいた言葉のシニカルな操作を区別することで問題解決に近づけるはずだと論じているが(pp. 407-408)、この答え方は肝心の点をはずしている。確かに、一般論としてどのような分類も万全ということはあり得ず、「万全でないから駄目だ」というような批判の仕方は生産的ではない。だが、ここで問題となっているのは、そのような一般論ではない。現実に深刻な争いを生んでいる事例をみるならば、その多くにおいて、当事者たちは、ある集団は民族的マイノリティなのかそれとも移民集団か――従ってまた、自治権をもつかどうか――という点を争っている(旧ソ連諸国の例でいえば、グルジアと南オセチアの間、モルドヴァとガガウス人地域の間等々)。キムリッカの図式が有効なのは、あまり深刻な紛争がない場合であり、現に起きている深刻な紛争の大部分については有効性が低いのである。この点を無視して、「どのような分類にも限界があるから」といった一般論で正当化することはできない。また、概念論争において何が「真摯な討論」であり何が「シニカルな言葉の操作」かを見分けることも決して容易ではなく、それどころか、その点自体がまさしく大きな争点なのである。
(7)塩川伸明「帝国の民族政策の基本は同化か?」『ロシア史研究』第六四号(一九九九年)、二七頁、また同『民族と言語――多民族国家ソ連の興亡T』岩波書店、二〇〇四年参照。
(8)とりあえずの問題提起として、塩川伸明「集団的抑圧と個人」江原由美子編『フェミニズムとリベラリズム』勁草書房、二〇〇一年、所収参照。
(9)詳しく考えていくと非常に複雑なことになるが、とりあえず次のような疑問が浮かぶ。@全国レヴェルでの多数派は自己の存続に自信をもっていることが多く、そうであればマイノリティに対して寛容な政策をとることが相対的にできやすいが、全国レヴェルでの少数派=地方レヴェルでの多数派は、そうした自信をもたないために硬直した態度をとり、内部の「更なる少数派」に対して不寛容な政策をとるということが珍しくない。これは規範論的に望ましくないことだということはできても、実際問題としてどう対処したらよいのかはきわめて深刻な問題である。Aキムリッカは、全国レヴェルでのマイノリティの権利についてはいくつかの要素に分解して細かく議論しているのに対し、地方レヴェルでのマイノリティの権利については、そのような細分をしていない。そのため、後者も前者と完全に同じような権利をもつのかどうかがはっきりしない。B直前に述べたことの最大の例だが、地方レヴェルのマイノリティは地域的自治の権利までもつのかどうかが彼の議論では判然としない。もしこれが肯定されるなら、多民族的連邦制は次々と内部の少数派に対して細分され、無限に小さな単位にまで分割されるということも抽象的には考えられる。他方、もしそれは現実的でないと考えるなら、どこでどうして線を引くのかという問いが突きつけられる。これもまた、現実の旧ソ連・東欧諸国でしばしば争点となっているところである。
(10)たとえば、Multicultural Citizenship, p. 184(『多文化時代の市民権』、二七六頁)参照。
(11)Multicultural Citizenship, p. 185(『多文化時代の市民権』二七七頁)。
(12)それぞれに立論を微妙に異にするが、Ronald Grigor Suny, The Revenge of the Past, Stanford University Press, 1993; Yuri Slezkine, "The USSR as a Communal Apartment, or How a Socialist State Promoted Ethnic Particlularism," Slavic Review, vol. 53, no. 2 (Summer 1994); Rogers Brubaker, Nationalism Reframed: Nationhood and the National Question in the New Europe, Cambridge University Press, 1996; Jeremy Smith, The Bolsheviks and the National Question, 1917-23, London: Macmillan, 1999; Terry Martin, The Affirmative Action Empire, Nations and Nationalism in the Soviet Union, 1923-1939, Cornell University Press, 2001など。私自身も、前注7・8の論文・著書や『現存した社会主義』勁草書房、一九九九年、各所で同様の観点を提示した。『(20世紀史)を考える』勁草書房、二〇〇四年、第八章も参照。
(13)本書にコメントを寄せた論者のうち何人か――ヴァラディ(ヴォイヴォディナのハンガリー人)、コルスト(ノルウェーのソ連研究者)、ジュマエフ(ウズベキスタン)など――は、社会主義時代の民族政策がそれなりに少数派に権利付与する方向のものだったことを指摘している(もちろん、社会主義体制そのものを価値的に肯定しているわけではない)。しかし、キムリッカはリプライでこれらの議論に全く応答していない。
(14)ソ連をはじめとする社会主義的連邦制は単なる欺瞞的な外観に過ぎなかったという批判をすることも可能ではある。キムリッカ自身、そのような考えを示唆した個所もある(p. 64)。しかし、彼は別の文脈で、少数派の権利尊重の法律はなかなか文字通りに履行されないかもしれないが、たとえ当面紙上にとどまるにもせよ、象徴的なものとして存在するだけでも有意味だという趣旨のことを述べている(p. 360)。もし彼が紙上だけの法律は全く無意味だと考えているなら、その観点からソ連の政策を批判することができるだろうが、このように紙上の法制でも象徴的意義を評価すべきだと考えているのなら、ソ連はまさしく紙上で諸民族の権利を保証していたのだから、それを高く評価しなければ辻褄が合わない。
(15)ついでながら、彼自身の言葉ではないが、キムリッカ的な観点をある研究者が要約した言葉として、「形式においてナショナル、内容においてリベラル」というものがある。『法哲学年報(一九九六年度)』有斐閣、一九九七年の「シンポジウム要略」一一三頁。これがスターリンの有名な「形式においてナショナル、内容において社会主義的」と酷似していることはいうまでもない。
(16)キムリッカは欧米諸国の歴史的経験に対して無批判に肯定的な態度をとっているわけではなく、国民国家形成期に多くの国で内部の少数派に対する強引な同化政策がとられたことを認めている。にもかかわらず、それは過去のことであり、今日の「西側」(この言葉も、何の説明もないままに多用され、「西側=文明的=進歩的」という偏見を再生産している)ではリベラル・プルラリズムの考えが広まっているから、それを東欧にも当てはめるべきだと論じている。これは現代の欧米諸国の状況に関する過度の楽観論のようにみえる。なお、彼のもう一つの論点として、東欧と「西側」を過度に峻別・対置すべきではなく、両者には共通の面もあるのだという指摘がある。確かに「東」と「西」という両極的対比の固定化が不毛だというのは彼のいうとおりだが、キムリッカのいう「西側」とは何を指しているのかが特定されておらず、しかもそれが暗黙のうちに価値基準とされているという問題がある。その上、「東欧」が「西」の一員――少なくもその候補――とされる一方で、次注にみられるようにアジア諸国はその枠外におかれている。
(17)本書とは別に、アジア諸国へのキムリッカ理論の適用可能性を検討した講演(前注1の神戸レクチャー)でも、自己の一般論を前提して、それが北米・西欧だけでなくアジアでも適用可能だという観点からの提言がなされている。もっとも、議論の進め方には違いがあり、本書では「東欧もヨーロッパのうちだ」ということが強調され、西欧・北米と同じ処方箋の適用可能性が重視されるのに対し、神戸レクチャーでは、「アジアはヨーロッパとは違う」という前提で一定の修正が提唱されている。結論は違うが、「ヨーロッパ」と「非ヨーロッパ世界」という枠組みから出発する点には共通性がある。
 
 
*Will Kymlicka and Magda Opalski (eds.), Can Liberal Pluralism Be Exported?: Western Political Theory and Ethnic Relations in Eastern Europe, Oxford University Press, 2001, xvii, 439 pp.
 
(二〇〇三年七‐九月)
 
「読書ノート」の目次に戻る
塩川のホームページへ