はじめに

拠点リーダー 中山信弘


 我々の推進する「国家と市場の相互関係におけるソフトロー ―――― ビジネスローの戦略的研究教育拠点形成」が平成15年度のCOEプログラムに選択されました。このプロジェクトのキーワードは、余り人口に膾炙しているとは言えない「ソフトロー」という言葉です。常識的には、法という言葉からは、国の法律に典型的に見られるように、最終的には裁判所でその履行が担保されるようなものを連想されると思います。もちろんそれが法の中心ではありますが、我々が事実上規範として従っているものは、これらの狭い意味での法に限られるものではありません。日常生活のなかにおいて、我々がかくあらねばならぬと考えて行動している規範には、法律ではないものが多数あることは想像に難くありません。このような規範を「ソフトロー」と呼んでおります。
 ソフトローは、ビジネスの世界にも、国際社会にも、その他あらゆる世界に広く見られる現象で、これらを抜きにして法律だけを見ていても、現実の社会は見えてきません。特に現在社会において基本的な要素となっているビジネスの世界は実に多様性に富んでおり、そのうえ今日のビジネスは地球的規模での広がりをもっているために、一国の法が及ばないところで話が進んでおり、必然的に裁判所の力の及ばない規範がビジネスをリードすることにもなります。このことは今後のビジネスにおいてソフトローが一層重要となるということを意味し、ソフトロー抜きには現実のビジネスの世界は見えてきません。そのような観点から本プロジェクトは、主としてビジネスという側面からソフトローを研究し、その体系化をはかるととに、その研究成果を教育に還元しようとするものです。
 従来のわが国の法学研究・教育は実定法が中心となっておりました。それには歴史的な由来もあり、理由もあったと考えれられますが、現在においてはソフトローを抜きにビジネスローを語ることができないのは世界の常識です。わが国の法律学あるいは法律教育が世界における法律という市場で外国と互角に競争し、それに打ち勝ってゆくためには、このソフトローの研究・教育が欠かせないと考えます。幸いにも東大法学部・法学政治学研究科は多数のビジネスローの研究者を擁し、ビジネスローをフルラインで研究し、教育できる体制と実績を有しており、しかもその研究者の多くは、審議会や国際的なモデルロー策定作業への参加等を通じて常にソフトローの重要性を身近に感じております。本プロジェクトはこれらの人的資源を最大限に有効利用し、かつ経済学者等の協力も得て、この計画の遂行体制を整えております。
 従来のわが国の法学研究は実定法中心であったため、ソフトローは散在しています。まずはこれらの散逸しているソフトローを収集し、データベースを構築する作業を行います。これは研究にとって必須の基礎的作業となりますが、それと並行して、政府規制部門、市場取引部門、情報財(知的財産)部門の3部門に分けた研究を行い、また必要に応じて各部門の分野横断的研究会を行い、ビジネスローの領域におけるソフトローの解明に努めます。さらには諸関連領域の専門家とも協力して、なぜ人々が裁判所で強制されないうような規範に従うのかという根本的・理論的な問題にもメスをいれる予定でおります。
 実践的な意味において、わが国の法律学、特にビジネスローの分野において、世界的な競争力をつけるためには、研究だけでは不十分であり、その成果を広く均霑してゆくことが肝心です。そのためには、研究成果を大学院における教育の場に活かすことは当然ですが、本プロジェクトでは、公開講座、セミナー、研究会等々を通じ、また折りに触れ出版により、知識の広い普及を図る必要があると考えております。その目的達成のためには、法律学の分野だけではなく、隣接諸領域の研究者にご協力頂くことも大切であり、今後とも関係する多くの方のご支援をお願い致します。


東京大学のHPに当拠点に対するインタビュー記事が掲載されていますので、ご参照いただければ幸いです。
http://www.u-tokyo.ac.jp/coe/coe02_tanbou05_j.html