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ボーダレス化時代における法システムの再構築

■研究会記録

―経済(商取引法と金融財政)
変貌する証券取引所と電子取引システム

報告者:野村総合研究所 大崎貞和  
財政制度、財政規律と財政運営  

報告者:上智大学経済学部 中里透
公共債のディフォルト              

東京大学大学院法学政治学研究科・教授 江頭憲治郎
論文集『市場と組織』刊行予定

2001年11月22日


報告者:野村総合研究所 大崎貞和

変貌する証券取引所と電子取引システム



1 電子取引システムの発達と市場間競争

電子取引システムは、伝統的な証券取引所と同様に、証券の価格形成、取引行為を大規模に行う場を提供するものでありながら、伝統的な証券取引所とは異なる規制上の取り扱いを受けているものである。

これには、さまざまなタイプのものがあるが、多くはコンピューターのネットワークで、中心に何らかの証券取引のアルゴリズムの入ったコンピューターがあり、そこに端末から注文が入り、コンピューター上でマッチングされて売買が行われる。

90年代半ばまでは、これがそれぞれ個別の独立したネットワークとして存在していたが、インターネットの普及により、理念上、電子取引は無限の広がりを持ちうるようになった。例えば、個人が机上のパソコンから、取引システムのホストコンピューターを呼び出し、そこに対して株式の売買注文を入力し、実際に売買を執行するということも技術的には十分に可能になっている。

このようなことから、伝統的な証券取引所を中心とした証券取引法が前提としていた世界、つまり、投資家がいて、証券会社があり、証券取引所の会員(取引参加者)に証券会社がなり、投資家が証券会社に口座を開いて取引を行うという伝統的モデルにあてはまらないような取引形態が登場している。

電子取引システムの先駆けとしては、1969年にインスティネットが稼動した。これは、当初、Institu-tional Networkという名称で呼ばれた機関投資家のためのネットワークである。当時、ニューヨーク証券取引所は固定手数料制度をとっており、どんなに取引が大口になっても一定の料率で手数料をとるということになっていたため、大口取引にとっては不利な手数料体系であった。しかし、1960年代後半から、機関投資家が成長し、大口の株式売買を盛んに行うようになったため、手数料を節減するための方法が模索された。インスティネットは、そうした取引ニーズに応えるべく、考案された。

インスティネットは、伝統的な証券取引所と類似の機能を果たした。つまり、上場株式についての売り注文と買い注文とマッチングさせて価格発見と売買を実現するというものである。ただし、伝統的な証券取引所との決定的な違いは、インスティネットは、証券会社による会員制度をとらず、基本的には、一定の信用力があるといった取引参加要件を充たせば誰でも参加ができ、機関投資家が証券会社を通じずに取引ができるということである。

インスティネットは、当初、私設取引システム(PTS)と呼ばれていたが、近時は、代替的取引システム(ATS)と呼ばれることが多くなっている。ATSの典型例の一つとして、1997年のSEC(米証券取引委員会)の取引ルール改正をきっかけに登場した、電子証券取引ネットワーク(ECN)がある。ECNは、現在、9つから10のシステムでナスダック市場出来高の30%程度を取り扱っている。ECNは、NMS(全国市場システム)に組み入れられており、直接の取引参加者以外からの注文も処理できるなど、伝統的取引所に近い機能を備えている。ただし、違いとしては、上場審査と自主規制の機能がないということが挙げられる。つまり、伝統的な証券取引所は、取引する株、債券の銘柄の選択を行うが、ECNはすでにどこかの証券取引所に上場されているものしか取引を行わず、また取引参加者に対する処分などの自主規制も全く行わない 。

以上のように、電子取引システムと証券取引所の境界は、あいまいになってきているといえる。これを助長する現象の一つとして、ECNの一つであるアーキペラーゴが、SECに対して、証券取引所としての登録を申請したことがあげられる。これは、パシフィック証券取引所の電子取引分門という体裁で、証券取引所として活動していこうというものである。

また、電子取引システムの登場は、アメリカだけでなく、ヨーロッパにもみられ、イギリスでは、ロンドン証券取引所に対抗する電子取引システムとして登場したトレードポイントが、スイス証券取引所と合併し(virt-x)、活動を行っている。さらに、これまでの電子取引は、株式取引を暗黙の前提にしていたが、1997年から1998年にかけて、債券の取引においても電子取引が活用されるようになった。

このように、電子取引システムが成長、拡大してくる中で、電子取引システム間の競争、電子取引システムと伝統的取引所との競争など、市場間競争が激化している。

2 変貌する証券取引所
 
伝統的な証券取引所の間では、実態としては競争上の脅威になっていながら、同じ規制を受けていない電子取引システムを批判する声があった。

アメリカでは、1960年代にインスティネットが登場してから、電子取引システムが、SECに対し、no action letterの発給を申請するという形で規制が行われていたが、事実上は通常の証券会社とほとんど変わらない規制であった。そこで、SECは、幾度か規則制定の提案をし、最終的に1998年にATS規則を採択した(1999年から全面施行)。

この規則は、電子取引システムを運営する場合には、ATSとして登録をしなくてはならない、というものである。そのシステムで取引されている銘柄について、それが市場全体の数十パーセントという大きな出来高を取り扱っている場合には、ATSであっても、従来の証券取引所と同じような取引ルールを定め、あるいは誰でもアクセスできるようにしたり、情報を全面的に公開するなど、様々なことをしなくてはならない。さらに、それらが一定量を超えた場合には、取引所としての登録をしなくてはならない。これはいわば、ATSと証券取引所を離れたものとして画然と規制するのではなく、ATSがいつのまにか証券取引所になってしまうというような、なだらかな規制であるといえる。

また、「証券取引所とは何か」ということについて、アメリカの1934年証券取引所法は、「証券取引所として一般に認められているものが通常果たしているような機能を果たすものが証券取引所である」と定めている。ATS規則は、この定義を念頭におきつつ、この定義に該当する行為を行っていても、ある一定の場合には、ATSとして登録していれば、証券取引所として登録する必要はないとしている。この「ある一定の場合」の範囲がかなり広いため、結果として証券取引所との同じことを行っても、証券取引所登録はいらないということになるのである。ATSとして登録して、SECに一定の監視を受ければいいということになる。このアプローチは、取引所並みの厳しい規制を課すことで、ATSの発達が妨げられることのないよう配慮したものだと言うことができよう。

以上のように、証券取引所と電子取引システムに対する規制上の差異は小さくなったが、一方では、証券取引所登録をした場合に受ける様々な制約からは解放されているため、証券取引所側では、依然として、片手落ちであるとの批判がなされている。また、ATSは、前述のように、上場審査や自主規制を行わないというのがその特徴である。実際、証券取引所の上場審査は、大量の書類を見た結果、上場にふさわしい会社をより分けていくものであり、かなりの人手とコストがかかるものである。そこで、そのような審査を全くやらないATSが、審査の結果通った会社の株式を次の日から自由に取引するのは「ただ乗り」ではないかという批判もある。

さらに、証券取引所は、原則として、価格情報を一般に公表することになっている。ところが、ATSの中には、証券取引所のある時間(あるいは時間をアットランダムに選んで)の値段を使って株式の交換のみを行うもの(クロッシング・システム)などがあり、このような場合には、証券取引所の価格情報を、いわば「ただ」で使っているのではないかという批判がある。

このような状況の中で、証券取引所側からも、電子取引システムと同じ営利事業への転換を図る動きがある。従来、会員制組織をとってきた多くの証券取引所が、株式会社化を実施している。これには、ATSとの競争という目的に加えて、資金調達手段の多様化や組織の効率化を図る目的もある。また、証券取引所は、その閉鎖性が一つの問題点であったが、取引所の株式会社化は、会員証券会社の利害のみにとらわれない、開かれた取引所運営にも役立つと考えられる。

さらに、株式会社化は、取引所の戦略的な提携・多角化のきっかけや手段となる可能性もある。株式会社化を行った取引所の例としては、ドイツ取引所がフランクフルトの証券取引所に、香港取引所会社が香港証券取引所に、株式を上場している。また、最近、株式会社化された東京証券取引所も、いずれは上場すると思われる。このように、次々に証券取引所が株式会社化し、さらには株式を上場・公開するということを行っている。

3 わが国における課題と展望

わが国においても、証券取引所あるいは電子取引システムをめぐる法令は、非常に大きく変わってきている。最初に変わるきっかけとなったのは、1998年の金融システム改革法の施行である。以前は、例えば、電子取引システムを開設し、東証上場銘柄の取引を行った場合には、それが証券取引法の禁じた取引所類似施設にあたり、認められなかっただろうと考えられる。ところが、1998年の改正によって、いわゆるPTSの開設が、証券会社による証券業務の一つであると位置付けられるようになった。

しかし、現在に至るまでも、日本の取引法体系の特徴であるといえるのは、規定が証券取引所中心に組み立てられているということである。例えば、取引所の通常取引時間中においては、取引所外取引における価格形成は、取引所における価格によって制約を受ける。この趣旨は、証券取引所は、ある種の公正で効率的な価格形成の場であって、それ以外のものは、公正で効率的な価格形成ができにくいという前提に基づいていると思われる。

また、取引所規制については、発行済み株式の5%以上を単独の株主が保有できない(従って他の取引所による買収や持株会社による支配が不可能)、金融先物取引所など他の業態との兼営が認められていない、自主規制の機能がそのままであるなどの問題点がある。

さらに、日本には、アメリカのNMSに見られるような、価格情報や数量情報などの取引情報が、ある銘柄については、どんな場所で取引されていても90秒以内に統合されるというような仕組みが、整備されていない。仮に、東京証券取引所と大阪証券取引所に同時上場している銘柄について、大阪証券取引所に非常に有利な値段の買い注文が来て、東京証券取引所に同じ値段の売り注文があってもマッチしないことになっている。

PTSに至っては、東京証券取引所の上場銘柄を使った場合でも、事後的に報告する義務はあるが、どのような注文が出ているかということについて開示する義務はない。

日本のPTSに関する規制が難しいのは、証券取引所とは何か、PTSとは何かということをかなり厳密に定義しようとしたため、価格の決め方と規制上のカテゴリーがリンクしてしまっているからであると思われる。すなわち、有価証券市場、PTS(認可業務)、電子情報処理組織を使わない通常の証券業務(登録業務)の三つの区別は、特定の価格決定の方法を使うか使わないかということによって決められており、必ずしも合理的とはいえない。

4 最後に

最後に、クロスボーダーに関するいくつかの問題点について述べる。世界の証券取引所は、お互いに結びつき、提携を行っている。例えば、この提携の極端な形としては、ニューヨーク証券取引所の会員が全て、東京証券取引所の会員に自動的になり、ニューヨーク証券取引所の取引システムを使って、東証上場銘柄を自由に取引することすら、技術的には全く問題なくできる。

しかし、これには、問題が多い。例えば、ニューヨーク証券取引所に上場している会社が、東京証券取引所にも上場しようとすると、証券取引法上の上場株式にふさわしい手続きが必要になる。有価証券報告書の提出等である。ところが、当然ながら、有価証券報告書は、日本語の書式になっており、記載すべき項目も日本で決められたものでなければならない。これについて、英語での記載も認めるべきとの声もある。しかし、規制という立場からすれば、日本の投資家が自由に取引に参加できる市場を開設しているのが証券取引所であると考えれば、そこに上場している株式について、日本語の有価証券報告書が存在しないということを認めるのは、非常に問題が多いと思われる。

 ヨーロッパでは、このような問題を解決する手段として、相互承認の原則を用いて、最低限のミニマムスタンダードについて各国間で合意した上で、お互いに相手のものを受け入れるということを行っている。ただし、言語については、受け入れていない国が多く、様式について認めるにとどまっている。

 日本とアメリカにおいてすら、相互承認の基盤となるミニマムスタンダードとして正式に合意されたものはなく、例えば、アメリカの10-K(有価証券報告書に相当する書式)などを財務局にファイリングしたからといって、日本の証券取引所における上場を認めてよいのかという問題点もある。

 また、もう一つの問題として、直接取引がある。例えば、シンガポールの証券会社が、シンガポールに東証の銘柄を上場させるのではなく、シンガポールの取引所の会員であることをもって、東証の取引に参加するというものである。この方法については、日本の証券取引所の取引参加者が海外の証券会社であり、日本の証券取引法上の登録を受けていない会社であるということになる。例えば、この会社を通じて相場操縦行為や、インサイダー取引が行われた、あるいは、この会社が破綻して、取引所の違約損失準備金という一種のファンドを使う事態に至った場合に、この会社を日本の証券取引法上全く監視してないという状態をどう捉えるかという問題がある。

 そもそも、証券取引所の取引参加者は、原則として、証券会社もしくは金融機関で証券業務を認められたものとされているが、シンガポールの取引法上の証券会社は、どちらにも該当しないので、参加を認めてよいのか問題がある。

 さらに、インターネットの普及によって、個人レベルでも、クロスボーダー取引が日常的に可能になっている。そういう中で、インターネット上で行われる仲介行為や勧誘行為を、どこの法に基づいて、どこの当局が規制するのかというのは、非常に切実な問題となっている。日本でもアメリカでも、一応の対策として、「この勧誘は日本に向けたものではない」と明示して、日本人が仮にアプローチしてきた場合には、使えないようにするという予防的措置を講じる、あるいは、現実に日本人が使っていないことを示せば、一見日本に勧誘しているように見えてもかまわないとされている。しかし、本当にこれが解決策になっているか疑問である。

また、証券取引法は、これまで「勧誘」というところに着目して規制していたため、例えば、日本の一般の投資家で、アメリカのインターネット証券会社を使って、アメリカの株式を売買している者は多いが、証券取引法は、これらに特段関知しないというのがそのスタンスであった。しかし、例えば、アメリカの証券会社が詐欺行為を行って、日本の投資家が財産的な損害を蒙った場合に、アメリカの保護措置が、非居住者であるという理由で適用されなかったらどうするのか、あるいは、そのようなインターネット上での取引が可能であることを知りながら、何も措置を講じなかった日本の当局に、規制監督上の責任が問われるのかなどの問題がある。

現在、インターネット取引は、急激に増加しており、迅速な対応が望まれるところである。
                                 
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2002年2月20日


報告者:上智大学経済学部 中里透

財政制度、財政規律と財政運営


1.財政制度と財政運営

○制度はベールか?
まず最初の話題として、制度というものを財政学においてどのように捉えるかということについて考えてみることにしたい。制度がベールであり、実体がないということであれば、これは経済分析や実際の財政運営において考慮すべき対象ではない。しかし、たとえば均衡財政ルールが、財政運営なり財政運営の結果である経済のパフォーマンスにどのような影響を与えているかということについては、すでに多くの研究があり、これまでの実証分析の基本的な結論は、制度は必ずしもベールではなく、一定の形で財政運営を制約しているということであった。

もっとも、一般に制度は、われわれの行動を制約するだけの存在ではなく、ルールをあらかじめ定めることによって、将来についての予見可能性を保ち、社会的な安定性を保つという役割を担っている。この意味で、さまざまな制度には、経済全体として、あるいは社会全体として、一定の効率性を維持するためのインフラとしての役割がある。財政制度にも、やはり何らかの積極的な意味があることが予想される。

○コミットメントと市場の信認
政府は、財政法その他の法令に基づいて財政を運営し、例えば国債の日銀引受を禁じる、あるいは国債は建設国債でなければならないなどの財政法上の規定によって、財政規律を確保している。そして、それが最終的な結果であるところの政策効果に影響を与える。このことと、上記のようなルールをあらかじめ定め、将来についての予見可能性を保ち、社会的な安定性を保つこととをつなぐ大きなポイントが、いわゆる時間軸効果である。

このことを説明するために、最近の金融政策の運営について簡単に触れておくことにしよう。現在、金融政策は、長引く不況の影響で、低金利政策を継続している。これは、景気が悪いからインターバンク市場で誘導対象となる短期金利を下げるというだけでなく、日本銀行は、物価上昇率が安定的にゼロないしプラスになるまで金融緩和を続けるというアナウンスメントを併せて行っている。これは、短期金融市場における将来の金利水準についての市場参加者の予想を安定化させ、それを通じて現時点の長期金利を低い水準に抑えるという効果をもたらすものであり、これがゼロ金利政策ないし量的緩和政策の目的である。これが金融政策における時間軸効果といわれるものであり、やや抽象的な言い方をすれば、経済主体の将来に対する期待(予想)に働きかけることを通じて現時点における何らかの政策効果(例えば長期金利を低水準に抑える効果など)がもたらされるのが、時間軸効果ということになる。

この時間軸効果を財政について考えると、いわゆる非ケインズ効果が生じる可能性を示すことができる。われわれが教科書で習うケインズ効果は、増税や歳出削減をすると景気が悪くなるという話であるが、実際には必ずしもそうではなくて、一定の状況、つまり、財政が深刻な状況にあるときに歳出をきちんとした形で削減したり、あるいはきちんとした形で増税を行えば、民間の消費や投資がそれに対してプラスの方向で反応する可能性があるのである。それはなぜかというと、例えば、公共投資が非常に非効率になっている状況では、それを削ることによって、利用可能な資源をもっと効率的な用途に使えば、経済全体として将来の所得機会を増やすことにつながるからである。

この場合、財政支出の効率化によって将来の経済に対するわれわれの見通しが改善すれば、現時点においてもそれほど消費を減らす必要はないということになるのであり、場合によっては歳出削減によって、かえって現時点の消費が増加する可能性さえある。これが財政政策の非ケインズ効果ということになる。財政再建を景気回復と両立する形で達成するために何が必要かというと、今年非効率な公共投資を削っても、来年また増やすというのであれば、非ケインズ効果は生じないわけであり、やはり、政策運営の継続性ということについて、市場あるいは民間部門の信認を得るということが重要であって、それを確保するために何らかのコミットメント、つまり制度的な担保が必要だということになる。

○政治的環境と財政運営
われわれは、真空の中で、フリーハンドで財政運営を考えられるわけではなく、財政は非市場的な資源配分のスキームであるから、現実には政治的な影響に相当左右される。そして、政治的環境は、政策の継続性に影響を与え、それが最終的な政策効果に影響を与える可能性がある。例えば、90年代には頻繁に内閣が替わったが、このようなときに首尾一貫した政策運営を行うことは難しい。このような政権基盤の脆弱性が財政運営に影響を与える可能性については、理論的にも、実証的にも分析がなされている。

Alesina and Drazen(1991)は、連立政権下では、本来であればすぐに着手することが必要な増税などの制度改革が先送りされることを示している。それはなぜかというと、政権に参加している各党の財政支出に対する選好が異なる場合には、自分が黙っていて、他の人が自らすすんで歳出を削減してくれるという状況が一番都合がいいことから、連立政権の中で各党が互いに様子見をするようになるためであり、そうすると、その様子見の時間の分だけ、問題の解決が将来時点に先送りされるということになる。また、 Roubini and Sachs(1989)によれば、連立政権、あるいは政権基盤の脆弱さが、財政運営において財政赤字を拡大させることが実証分析によって示されている。その後、90年代にも研究が積み重ねられたが、基本的な結論は変わっておらず、以上のようなことが、政治的環境と財政運営の関係を示す基本的な枠組みとして考えられるのではないかと思われる。

以上が、今回のテーマのひとつである、制度と実際の政策との関係という点についての議論である。

2.現在の財政状況についての評価

○財政赤字の持続可能性
現在、日本の財政は、先進国の中で最も深刻な状況となっており、今後、高齢化の進展に伴ってさらに厳しい状況になることが予想される。ここでは、まず、財政赤字の持続可能性について、Hamilton and Flavin(1986)タイプのテストをもとに分析を行い、現在の財政がどのような状況にあるかを確認することにしよう。

表U−1 Hamilton and Flavin(1986)タイプのテスト(βの推定値とβ=0の検定結果)

 (1)
1957-93
 (2)
1957-94
 (3)
1957-95
 (4)
1957-96
 (5)
1957-97
 (6)
1957-98
 (7)
1957-99
r-n=0.01 0.0142
(0.726)
0.0305
(0.435)
0.0291
(0.395)
0.0294
(0.387)
0.0376
(0.272)
0.0524
(0.172)
0.0610
(0.142)
r-n=0.02 0.0083
(0.641)
0.0160
(0.336)
0.0149
(0.292)
0.0151
(0.276)
0.0197
(0.167)
0.0271
(0.096)
0.0304
(0.087)
r-n=0.03 0.0058
(0.565)
0.0104
(0.256)
0.0094
(0.213)
0.0096
(0.193)
0.0125
(0.102)
0.0017
(0.053)
0.0187
(0.053)
r-n=0.04 0.0043
(0.498)
0.0072
(0.194)
0.0063
(0.158)
0.0064
(0.136)
0.0083
(0.063)
0.0112
(0.030)
0.0120
(0.032)
r-n=0.05 0.0032
(0.441)
0.0051
(0.146)
0.0043
(0.120)
0.0043
(0.099)
0.0055
(0.040)
0.0074
(0.018)
0.0078
(0.020)
r-n=0.06 0.0023
(0.391)
0.0036
(0.109)
0.0030
(0.096)
0.0029
(0.075)
0.0036
(0.026)
0.0048
(0.011)
0.0051
(0.013)

(注1) カッコ内はβ=0という帰無仮説に係るp値である。
(注2) r−n=名目利子率−名目成長率=実質利子率−実質成長率
(注3) 推定式の説明変数のラグが2次の場合の推定結果を示している。

この表で注目したいのは、括弧中の数字である。括弧内の数字はp値といわれるもので、わかりやすくいうと、現在の財政運営のスタンスを継続したとしても、財政赤字が持続可能である可能性を示すものである。全体の確率を1として、括弧内の数字からは、現状の財政運営を今後も続けても、政府の借金が雪だるま式に膨らんで、財政が破綻しない確率が読み取れる。したがって、1から括弧内の数字を引くと、財政が破綻しそうだという確率が出てくるということになる。

この表の一番左に書いてあるのが金利から経済成長率を引いたものである。当然のことながら、借金の話であるから、金利の水準が結論に重要な影響を与えることになる。ただし、将来にわたる金利の水準を先験的に決定することは容易でなく、たとえば何らかの理由で、将来財政が破綻するという懸念が高まれば、リスクプレミアムの分だけ金利が上昇することになる。そこで、ここでは金利を特定の水準に決めずに、名目金利から名目成長率を引いた差について1%(0.01)から6%(0.06)まで6つのケースを想定してそれぞれ分析を行った。

表の(1)から(7)は、サンプルの終期を1993年度から1999年度まで1年ずつずらして推定した結果である。1992年8月に90年代に入って最初の景気対策が行われたが、その後、データが取れる直近の99年度までサンプル期間を延長することにより、景気対策の実施などによって財政状況がどのように変わってきたのかを見ることができる。

繰り返しになるが、括弧内に記載されているp値は、財政赤字が持続可能である、つまり、借金が雪だるま式に膨らんで政府が破綻することはないという確率である。例えば、名目金利と名目成長率の差が0.03というところをみると、1993年度ぐらいまでは、財政赤字はほぼ確実に持続可能であった。しかし、1998年度以降は、かなり厳しい状況になっていることがみてとれる。現状において、名目金利は、ここ3年ぐらいの平均をとると1%ないし2%である。名目成長率はマイナスの時もあるので、だいたい0%ないし−1%である。

したがって、この差はおよそ2%ないし3%であるから、まだ何とかかろうじて財政赤字は持続可能であるものの、かなり厳しい状況になっている。この点は債券市場の動向からも確かめることができる。例えば、補正予算の編成などで資金の需給が逼迫しそうだという予想が出ると、それに応じてマーケットで金利が急上昇するという局面がある。数年前、資金運用部が国債の買い入れを停止するという発表を行った後、金利が0.6%から2%ぐらいまではね上がったということがあり、この点からも近年財政状況がかなり厳しくなってきていることがうかがわれる。

○財政赤字は過大か?
もっとも、財政赤字が問題だからといって、ただちに均衡財政に戻るというのは、必ずしも適切な政策ではない。というのは、仮にケインズ的な政策が有効でなかったとしても、財政赤字には一定のメリットがあるからである。これは、次のように喩えるとわかりやすいだろう。例えば、われわれが車を買うときに、車を買う月だけに、100万円を超えるお金を頑張って稼いで現金で買うというのは、いささかしんどいわけで、やはり、無理がないように将来に向かってなだらかに、ローンを組んで返済していくということになる。財政運営についても同じことがいえる。課税は労働供給や貯蓄などに影響を与え、資源配分のゆがみを生じさせるので、ある一定の時期だけに重い税金をかけると弊害が生じることになる。そこで、一時的な税収の落ち込みや急な財政支出には、増税ではなく、公債発行によって財源調達をして、将来に向かってなだらかに返していくということが考えられる。これがBarro(1979)の課税平準化仮説の考え方である。

この点からすると、90年代にある程度財政赤字を出すことは仕方がなかったが、その水準が適切なものだったのかということが問題となる。基礎的財政収支(プライマリーバランス)の動向をみると、1996年度以降、財政赤字が本来あるべき水準を超えており、国の一般会計ベースでみて4兆円ないし5兆円程度過大な赤字が生じている。これが、負担を将来に先送りしているというマーケットの印象につながり、いわゆるJGBプロブレム、つまり内外の市場関係者から、現在の日本の財政状況について強い懸念が表明されるゆえんであると思われる。

3.財政規律の確保と今後の経済財政運営

○財政再建目標の設定
次に財政再建と景気回復は両立するかという点について検討することにしよう。昨年4月に小泉政権が発足した当初は、財政再建の必要性について一定の合意が形成されていたように思われる。だが、その後の経済の状況が思わしくないため、最近では景気と財政の関係をどのように考えるかということが非常に大きな問題となっている。

財政再建に向けたこれまでの取り組みの経緯としては、直近では、1997年の橋本財政構造改革があり、1980年代には「増税なき財政再建」という形で財政再建に向けた取り組みが行われてきた。このような取り組みをどのように評価するかという点については、改革の継続性について、市場あるいは民間の経済主体の信認をどの程度得られているかが重要なポイントとなるだろう。政府がきちんと財政改革にコミットしており、それが市場の信認を得られているならば、場合によっては財政再建と景気回復が両立し得る可能性もある。これが財政政策の非ケインズ効果といわれるものである。

現時点では財政再建目標として、国債発行30兆円枠が定められている。とりあえず、平成14年度の当初予算はこの目標に背馳しないような形で組まれているが、実際には隠れ借金などの問題がある。財政再建の目標として、1980年代の財政再建期間中には、ゼロシーリングあるいはマイナスシーリングという形で歳出に対してシーリングが設定され、そのスキームの中で財政運営がなされてきた。これに対して、現在の国債発行30兆円枠は、歳出と歳入の差額にキャップをかけているということになる。

そこで、いずれの目標設定の仕方の方がいいのかということになるが、基本的には、国債発行額ではなく、歳出にキャップをかける方が適切であるように思われる。例えば、景気の落ち込みによって税収が減ったときに、国債発行30兆円枠のような形でシーリングをかけると、税収が減った場合にそれに合わせて歳出も減らさなくてはならない。しかし、これが経済にどのような影響を与えるかということを考えると、税収が減ったときに、それが一時的な現象であれば、むしろ30兆円枠にとらわれずに国債を発行してファイナンスをした方がいいというのが課税平準化仮説からでてくるインプリケーションであり、このような場合に税収の減少にあわせて歳出を削るというのは必ずしも適切でないからである。現在の財政の問題は、歳出の硬直性にあるので、歳出にキャップをかけるという方が財政再建目標として適切であろう。したがって、国債発行30兆円枠は、現時点では小泉内閣の公約であるが、速やかな見直しが必要であるように思われる。
 
○財政再建目標の制度化
財政再建目標を設定する目的は、将来の政策に対する予見可能性を高め、それによって経済全体の効率性を高めるというところにあり、この目的を達成するためには何らかの制度的担保が必要になる。ここでのキーワードは、コミットメントということになるだろう。財政再建目標の制度化は、歳出総額の抑制だけでなく、歳出の質的改善にも資するものと考えられる。たとえば、この点を公共投資について考えると、社会資本の生産性を地域別に計測した実証分析によれば、近年の公共投資は地方圏に過大、大都市圏に過少に配分されており、結果として地方圏における社会資本の効率性が低下している。したがって、経済全体の効率性という観点からすれば、大都市圏の方により手厚い配分をすべきだということがインプリケーションとして出てくる。

80年代の財政運営は、「増税なき財政再建」という政策目標にコミットする形で進められてきたが、データを確認すると、80年代には、大都市圏と地方圏の公共投資の配分が、大都市圏の方により多く配分されるように変化しており、これは公共投資の地域間配分を適正化する方向への動きであった。したがって、何らかの形で歳出にキャップをはめるような財政再建目標を設定し、それにコミットすることが、制度改革なり予算配分の改革にもつながりそうである。橋本内閣による「財政構造改革法」は、このような財政再建目標を法制化し、その実施を制度的に担保しようとする試みであったが、金融システム不安等の影響で97年秋以降景況感が急速に悪化したことから、98年に停止法が成立して現在に至っている。
 
○景気動向と今後の経済財政運営
これまでのところ、小泉内閣は、「改革なくして成長なし」という政策運営のスタンスを維持しているが、足許の景気動向が必ずしも思わしくないことから、景気回復に重点を置いた政策への転換を図ることが必要との意見がある。また、現在のような財政状況のもとで財政構造改革を行うことは、97年の橋本財政構造改革と同じような状況をまねくのではないかと懸念する向きもある。このように、財政と景気の関係をどのように考えるかは、現在の財政運営における大きな争点となっているが、この問題を考える場合には、家計消費がどのような要因によって決定されているかを検討することが有益だろう。企業は商品の売れ行きを見ながら設備投資をするかどうかを決めるので、設備投資を含む民需全体の動きを占う上でも民間消費の動向に注目することが重要である。

もし、家計が流動性制約のもとにある、つまり借入れ制約のために、買いたいものがあるにもかかわらず購入ができないという場合には、減税をすればその大部分は消費にまわるので、この場合にはケインズ的な政策が有効ということになる。しかしながら、現在の消費の伸び悩みの原因としてしばしば将来不安ということがあげられるように、家計が現時点の所得だけでなく、将来の経済状況についての見通しをもとに行動している場合には、場当たり的な減税や非効率な公共投資をすると、非ケインズ効果が働いて、かえって消費にマイナスの影響を及ぼしかねない。逆に、このような状況のもとでは、財政再建がかえって民需の自律的な回復をもたらす可能性もあるわけである。

現時点において、実際にどのようなことが起きているのかということについては、残念ながら確定的なことはいえず、財政再建をどのようなタイミング、スケジュールで進めていくべきかについては十分な見極めが必要であるが、今後の財政運営においては以上の点を十分考慮に入れて政策運営を行っていく必要があるだろう。
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2002年9月12日

報告者:東京大学大学院法学政治学研究科・教授
       江頭憲治郎

「公共債のディフォルト」

T 問題の所在
(1)公共債とは
本稿にいう「公共債」とは、次の(2)の者が発行する債券を指す。

(2)特殊法人・独立行政法人
本稿で「公共債」と呼ぶものの発行主体の第一は、「特殊法人」である。
特殊法人とは、総務省設置法4条15号が規定する法人をいう。すなわち、総務省が新設・目的の変更等を審査し、監査する法人をいう(山本弘「特殊法人の破産能力」民事救済手続法[第2版]331頁(法律文化社・2002)頁)。

本稿で「公共債」と呼ぶものの発行主体の第二は、「独立行政法人」である。独立行政法人とは、独立行政法人通則法2条1項(定義)が列挙するものである。

なお、本稿の直接の対象ではないが、「特殊会社」すなわち株式会社であって、同社を規制する単行法があるもの(NTT、たばこ産業、JR[三島会社]、電源開発等)については、特殊な資産を有する場合があり、その場合には、本稿で公共債につき問題とするのと類似する状況が生ずる場合がある。
    
具体例をあげると、現在の日本道路公団は「特殊法人」であり、それが発行している債券は、本稿にいう「公共債」である。また、日本道路公団が民営化された後にできる「保有・債務返済機構」(下側)は「独立行政法人」であり、これが債券発行の主体となるといわれている。これも「公共債」である。そしての民営化後にできる「新会社」(上側)は、通常の株式会社であり、これが債券を発行しても、それは「公共債」ではない。もし日本道路公団が上下一体の新会社となる場合には、それは「特殊会社」という位置づけになる。
 
(3)特殊法人改革の影響―本稿の問題
本稿の問題は、特殊法人改革が公共債に及ぼす影響である。
特殊法人改革、すなわち特殊法人の整理合理化の問題は、平成6年閣議決定に遡る。そして、平成13年通常国会において、「特殊法人等改革基本法」が成立した。同法は、特殊法人等の集中的かつ抜本的な改革を推進することを目的としている。

その中で、@組織形態の見直しに伴い、既存(対民間)債務をいかに新法人に承継させるかの方法の点は、国鉄改革等においても生じた問題であり、格別新しい問題ではない。新しい問題は、A自民党内において、特殊法人に対する破産法の適用が検討されているとの報道がなされたことである(平成13年6月)。特殊法人に対する倒産法の適用関係は、後述のように争いがある問題であるが、実際にこの報道は、公共債市場に少なからぬ影響を与えている。本稿は、公共債の発行主体が倒産した場合の公共債の取扱いの問題を取り扱う。
 
(4)現在の公共債の取扱い
公共債がどの程度発行されているかも見ておこう。
財政投融資改革により、郵貯・簡保資金の自主運用が開始され、資金運用部が廃止された。そこで、特殊法人等の資金調達方法は、@財投機関債の発行、A政府保証債の発行(@の発行が困難なものにつき限定的に認める)、B財政投融資特別会計が財投債(一種の国債)を発行して調達した資金を融資する、の三方法となった。本稿と関連する「財投機関債」の発行状況は、資料9頁のとおりである。

(5)「ボーダレス」としての研究の意義
本稿が「ボーダレス」研究にとっていかなる意義を有するかを確認しておきたい。

第一に、特殊法人・独立行政法人は、「官」と「民」との中間形態である。これに対する法(倒産法等)の適用がどうなるか、またどうあるべきか。これは、「ボーダレス」の一つの重要なテーマである。
    
第二に、本稿のテーマは、会社に関してであれば法律がある問題を、契約により処理しなければならないとの結論になる可能性が高い。いいかえると、特殊法人改革の過程で、問題をキチンと処理する法律ができない可能性が高い。すると、問題を一般化すると、「契約に定める方法により債務を整理する場合にどういう問題がおきるか」という、一種の「ボーダレス」問題がおきる。

実は、似た問題は、法の各所に散在する。たとえば、有限会社において「種類持分」を作ることは可能と考えられているが、有限会社法に「種類社員総会」の規定はない。したがって、有限会社において「種類持分」を作る場合には、定款に種類社員総会の規定を置くほかない。そのような形で、本稿のテーマは、汎用性のあるものである。

U 特殊法人・独立行政法人に対する倒産法の適用関係(現状)
(1)破産能力
特殊法人・独立行政法人に破産宣告ができるか、すなわち、特殊法人・独立行政法人の破産能力に関しては、従来、否定説と肯定説がある。

伝統的な「否定説」は、特殊法人・独立行政法人の公共性、すなわち「行政権行使の特殊形態」であるとの理由で、その破産能力を否定する。

否定説の実質的理由としては、特殊法人・独立行政法人は国の予算と直結しているから、破産宣告の必要性がないと考えてきたものと思われる。しかし、今日の問題は、その前提が崩れたことにある。
否定説があげる、よりテクニカルな根拠は、これら法人の解散につき、その根拠法に「解散については別に法律で定める」と定められている点である。破産は解散の一形態であるから、破産能力を付与するか否かについては、同規定により立法者に裁量権がゆだねられており、現実には「別に法律で定める」ことはされていないから、破産能力も現在は認められていないとするものである。

「肯定説」は、否定説の「公共性」論に対しては、特殊会社形態をとった場合(株式会社として、破産能力があることは疑いない)と異なるのはおかしく、破産能力の有無は、事業の公共性の強弱により個別に判断すべきものであると主張する。

「国の予算と直結」論に対しては、肯定説は、その根拠は現在では崩れたと主張するであろう。
「解散は法律に留保されている」との議論に対しては、肯定説は、特殊法人・独立行政法人の財産にも個別執行が認められることとの関係で、偏頗行為防止の必要性から、破産能力を認めないわけにはいかないと主張する。ちなみに、公物については、行政財産(不融通物。国有財産3条2項・18条1項)には個別執行(差押え)はできないと解されているが、普通財産(融通物。国有財産3条3項・20条1項)を差し押さえることはできると、一般に解されている。

(2)民事再生能力
特殊法人・独立行政法人に対する民事再生法の適用については、否定する理由はないと、一般に解されている。民事再生法には、適用対象法人を限定する規定はどこにもないからである。

しかし、問題は、特殊法人等が一般担保付債券を発行していた場合、民事再生手続中でその償還条件等につき調整が不可避であるが、民事再生法は、一般先取特権者を手続外に置いている点である(山本・前掲337頁)。 また、特殊法人・独立行政法人が民事再生手続に入れば、事業の他への移管、国営化等が必要であるが、民事再生法は、会社更生法と異なり、使える措置が限られている点も問題である。

結局、民事再生法を特殊法人等に適用する意味は、@一般債権者の個別執行の禁止、A一般担保の実行としての競売に対し中止命令が可能という程度にとどまる。

V 現在の日本道路公団または保有・債務返済機構の発行する財投機関債がディフォルトになったと仮定した場合の問題点

Uで見たように、特殊法人・独立行政法人の事業の「公共性」にも、いろいろの強弱・程度があり、破産能力の有無も、個別に考えるべきであるとの説がある。また、「公共債」には、一般担保がついている等の特殊性もある。

そこで、具体的に、日本道路公団、または、その改革が実現した場合に作られる保有・債務返済機構の発行する財投機関債がディフォルトになったと仮定した場合の問題点を考えてみよう。
(1)道路に対する私権の行使の禁止
同じ特殊法人でも、たとえば日本政策投資銀行の資産(貸付債権)と異なり、日本道路公団または保有・債務返済機構の資産は、道路である。道路の敷地には、私権を行使することはできないから(道路4条)、たとえば、日本道路公団または保有・債務返済機構が債務不履行をしたからといって、債権者が道路を差し押さえて、建物用地等として競売するわけにはいかない。
 
(2)一般担保権の実行に関する障害
道路公団債にも、法律上、一般担保が付与されている。一つの問題は、道路も当該担保の目的物と解してよいか否かである。道路は行政財産に準ずるものであり、一般担保の目的物にならないとの見解もあるかもしれないが、ここでは、一応、担保の目的物となると解した上で、担保権の実行方法を考える。
 
道路には私権を行使することができないとすると、債権者としては、有料道路(網)を有料道路(網)のままで競売し、換価するほかない。

しかし、第一に、一般担保権については、有料道路としての機能を維持したまま一括競売する手続が整備されていない。この点は、たとえば、企業担保法に基づく企業担保については、会社の総財産を一括競売する手続がある(企業担保37条以下)のと比較して、法制が不備である。

第二に、その競売申立てを誰が行うのかという問題もある。実際には、道路公団債についても、募集の受託会社が置かれているが(商309条の権限を約定している)、その募集の受託会社が一般担保の実行申立てができるか否かも、法制上はっきりしない。

第三に、一般担保の効力は、法律上、「前項の先取特権の順位は、民法の規定による一般の先取特権に次ぐものとする」と規定されているのが常であるが、民法上の一般先取特権は、先に不動産以外の財産から弁済を受けなければならない(民335条)。これは、道路公団債等を考えると、きわめて行使しにくい。

第四に、首尾よく第三者(民間)に対し有料道路(網)を一括競売できたとしても、第三者が高速道路を取得し事業を行うことが公共性に反しないか、という問題もあるかもしれない。
そう考えると、道路公団債の上の一般担保権を、道路の競売・換価という方法で実行することには、乗り越えるべきハードルが数多いといわざるをえない。

そこで注目されるのが、平成15年通常国会における担保・執行法制の改正により、不動産を目的とする担保権実行の手段として、強制管理類似の手続が設けられることである。一般担保権の実行方法として、この方法が認められれば、債権者は、道路公団または保有・債務返済機構に高速道路の管理をゆだねたまま、債権の回収を図ることが可能になる。
 
ともあれ、従来、一般担保の制度は、競売・換価という個別の権利実行は想定しておらず、もっぱら、特殊会社等において、会社更生手続において更生担保権として取り扱うこと(その順位)しか考えていないのではないか。特殊法人のように、会社更生法の適用のないケースについては、法制の不備が目立つ。破産手続における取扱い(別除権)は、個別の権利実行と同じであり、民事再生手続における一般担保の取扱いの問題点については、Uで前述した。
 
(3)ディフォルト前の組織形態のままで、利払い・償還条件等を変更する解決
次に考えられるのは、日本道路公団または保有・債務返済機構が公共債に関し債務不履行(ディフォルト)をした場合、一種の私的整理(和解)の形で解決することである。純粋の民間会社の場合と異なり、ディフォルトに陥った特殊法人・独立行政法人には、事業の継続の意思があり、かつ、今後の資金調達の必要があるのが通常なので、債権者と和解するインセンティブはある。
 
実務的には、公共債の発行契約として、債権者集会決議により商309条1項1号と同様の措置を行える旨を、契約上規定しておくことが考えられる。実際、昭和13年の商法改正前には、無担保社債については法律上規定がなく、こうした解決がなされていたわけである。
 
ただ、問題は、第一に、公共債以外のすべての債権者(不法行為債権者を含む)との関係である。あらかじめ債権者集会による解決を約定しておくことができない債権者が有利になり、公共債の債権者だけが譲歩することには、実際上の抵抗もあろう。
 
第二に、裁判所の関与に関する問題である。商法上、社債権者集会については、裁判所による決議事項の許可(商319条)および決議の認可(商327条)という形で、公正がはかられているが、法律に根拠のない債権者集会については、裁判所のそうした形の関与は期待できない。
 
第三に、契約に、決議の無効事由をどう定めるべきか(具体性)である(資料31頁)。
 
第四に、決議を無効とする判決があった場合に、その対世効が認められるか否かである。この点は、解釈により認めることが可能ではなかろうか。 ここで述べた私的整理(和解)による解決は、実は、ソブリン債(たとえばアルゼンチン債)一般に共通する問題である。ソブリン債のディフォルトは、古くからある問題であるが、その処理につき、近時、IMFが提案を行っている(荒巻健二「SDRM―IMFによる国家倒産制度提案とその評価」開発金融研究所報15号38頁[2003]、信森毅博=原俊太郎「円建て外債(いわゆるサムライ債務)と債務国危機をめぐる法律問題」ジュリスト1244号226頁[2003])。今後は、そうしたこととの比較において、国内の公共債のディフォルトの問題を考えることも必要である。

    (以上)

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『市場と組織』の巻の構成案

T 官と民の境
碓井光明   「競争的市場のなかの政府」
増井良啓   「組織形態の多様化と税制」
江頭憲治郎  「公共債のディフォルト」

U 国と国の境
神田秀樹   「間接保有投資証券の国際的取引」
中東正文   「ボーダレス化時代のM&A法制」
渡辺智之   「情報のデジタル化と課税」

V 変容の諸相
上村達男   「包括資本市場法制の構想について」
伊藤雄司   「時価会計と配当規制」
大崎貞和   「変貌する証券取引所と電子取引システム」
野村修也   「金融検査マニュアルの機能」
山下友信 「保険・デリバティブ・賭博」


この巻では、今日の市場において、企業や政府といった組織が直面している生々しい法的課題を検討することにより、既存のさまざまな境界が融解しつつあり、それを超える新たな法的枠組みを必要としている様相を描きだす。

構成としては、第一に、官と民の境界の問題をとりあげる。市場における政府の立場、多様化する組織の課税、民営化された官業の破綻といった問題である。

第二に、国と国の境を越える経済活動に関する問題をとりあげる。証券の国際的取引、国境を越える企業買収、情報のデジタルと税制、といった問題である。

第三に、市場や、市場を成り立たせている法的基盤自体の変容に関する問題をとりあげる。資本市場法制の抜本的見直し、時価会計が配当規制に及ぼす影響、電子化に伴う証券取引所の変貌、金融検査マニュアルの法的性格と機能、保険とそれに類似する取引との垣根、といった問題である。

これらの多くに共通するのは、金融工学等を利用した取引手法が高度に発達し、かつ地球規模で展開するようになった結果、政府が従来のやり方のままで市場を統御することが難しくなっていることである。そこで、日進月歩で進展する技術を法制度にどう取り入れるか、その場合の専門家のあり方はどういうものか、といった共通の課題についてさらに討議し、最終的な原稿としたい。


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