東京大学大学院法学政治学研究科・法学部 グローバル・リーダーシップ寄付講座(読売新聞社)



連続公開セミナー 第8回

「国際NGOで働くということ」

  •      第1部 土井香苗氏 講演「国際NGO代表となるまで、そして国際NGOのダイナミズム」
          第2部 トークセッション with 北岡伸一教授  - 国際NGO機関で働くことの役割と意義 -
         第3部 質疑応答

    日時: 2010年10月6日(水)開場15:30 開演16:00 終了18:00
    場所: 東京大学本郷キャンパス 小柴ホール
    講師: 土井香苗 国際NGO ヒューマン・ライツ・ウォッチ 日本代表、弁護士
    司会: 北岡伸一 東京大学大学院法学政治学研究科・法学部 教授

    【前置き】

    (司会:北岡伸一)

     北岡でございます。今日は大勢の方々にお越しいただき、ありがとうございます。
     何度がご参加されている方も多いと思いますが、グローバル・リーダーシップ・スタディーズという寄附講座を読売新聞社の支援で作らせて頂いて、今年は2年目であります。この課題は、要するに外交・国際関係というとかつては自分の国と外の関係を指していたわけなのですが、今日はそれを越えてグローバルなイシューが非常に重要になっています。グローバルなイシューに、グローバルな場面で活躍することが世界のためになり、また日本のためにもなる時代に来ているという認識からグローバルなイシューにグローバルに活躍できる人を養成したいものだということです。別に大学で何度か授業を聞けばそうなれるということではないのですが、そのようなことを触発するというのを考えて作ったわけです。
     かつて外交というのは外務省がやっていたのですが、今日それ以外の非政府アクター、NGOも大学も企業もいろんなものが大きな役割を果たす時代になっています。ですから我々は将来国際NGOなどで働く人も育てば良いなというのが、発足以来より我々の念頭にあったものですから、今回日本で非常に注目を浴びている土井さんに講師で来て頂くことになりとても良いタイミングだったと思っています。
     さらに、外交におけるイシューも変わっているのです。かつて外交の主なテーマと言うと戦争と平和、或いは領土だったのですが、それが経済外交の時代が来て、経済も段々ゲームがルール化されると次に来るのがイメージとか、人権とかそのようなことが非常に重要な時代になっているわけです。これは考えてみると、どの時代にもあったことなのです。例えばこの方面の本場と言いますか、老舗は赤十字でありますが、日本は昔から赤十字のようなものはあると言えばあるのです。日本における赤十字の起源というのは、おそらく西南戦争なのです。あの頃からそうした活動があるのです。日本はそのような法とか人間性を大事にしてきた伝統もあるのです。そうではない伝統もあるのですが。そうしたものに立脚してさらに国際的に活動を広げていくということがあればとっても良いことなのだと我々は思っているわけであります。
     私自身2004年から2006年まで国連大使をしていた時に政務と社会が担当だったものですから、一方で安保理の活動をしたり、同時に人権問題の担当になったり、しかも人権問題を安保理に取り上げる時にどのように取り上げるかが、なかなか微妙、かつ面白いところでありました。その関係でヒューマン・ライツ・ウォッチ(Human Rights Watch)とか、アムネスティ・インターナショナル (Amnesty International)などとも随分付き合いました。そしてこうしたNGO、政府、メディアとかが協力して世論を作って何かを動かしていくということになります。上手く行かないことが多いのですが、少しずつ進んでいるのが実態であります。今日世界中にびくともしない国がいくつもありますが、それでもそのようなことに取り組んでいくというのは遣り甲斐もあるし、やはり良い事をしているというのは気分がいいものなのです。今日は皆さん、広い意味でそのような関心もあって来てくださったのではないかと思います。

     土井さんについては既に本郷で有名なのであまり説明しなくても良いかも知れませんが、簡単に説明しておけば1998年に法学部を卒業したので、皆さん多くの方々の先輩であります。在学中にエリトリアという所に行かれて、今でもエチオピア・エリトリア紛争があるのですが、そこの法律作りの手伝いをされました。卒業されて在学中に司法試験を通っておられたので、その後2年の研修を経て2000年に弁護士になられて、その後外国ではニューヨークにある非常に良い大学であるニューヨーク大学のロースクールに行かれてアメリカでも登録されて、その頃から国際NGOの著名な団体でありますヒューマン・ライツ・ウォッチの最初はニューヨークのフェロー、それから日本駐在員、後に今の日本代表になっておられるわけです。
     また、日本の国際NGOには世界の中の日本の一部というものもあるし、あるいは日本発で苦しいのですが、段々世界に向かって動いているものもあります。いろんな多様な可能性を秘めているわけなのですが、土井さんのコースがすべてのコースではありませんが、その経験談というのはきっと皆さんの興味に応えるお話になるだろうと思います。
     今日は最初に30~40分くらい土井さんにお話しをして頂いて、後で少し対談という形で私が少し質問をして、その後になるべくたくさんの皆さんの質問が受けられるように多めに17時位から約1時間皆さんからいろいろ質問をしてもらうことにしようと思っています。この講座の講演は英語の方が多いのですが、今日は日本語ですのでいつもよりたくさんの質問者が出るのではないかと期待しています。
     それでは土井さん、宜しくお願い致します。

    【第1部】 土井香苗氏講演

    「国際NGO代表となるまで、そして 国際NGOのダイナミズム」


    (土井香苗氏)

     北岡先生、過分なご紹介をして頂き、どうもありがとうございます。それから皆さん、大変お忙しい中、このような時間を割いてくださいまして本当にどうもありがとうございます。私も今日は日本語のスピーチなのでとても気が楽でございます。
     今日は「国際NGOの代表となるまで」ということと、あと国際NGO、別に国際ではなくても良いのですが、「NGOのダイナミズム」というものについてまず短時間でお話しをさせて頂ければと思っています。
     私は人権弁護士でございます。人権に弁護士がついたのはこの10年前くらいなのですが、その前も人権に関する仕事をやっていまして、かれこれ人権活動家歴、英語ではHuman Rights Activistと言いますが、15年くらいになると思います。私が「人権活動家です。」と言いますと多くの方が凄く引きます。「弁護士です。」と言いますと「素晴らしいですね。」「司法試験受かったのですね。」という感じなのですが、「人権活動家です。」と言ったらかなり引かれるのが今の日本の現状ではないかなと思っています。



     それは多分なのですが、イメージが少し過激な感じがありまして、警察に監視されているような感じというイメージを持たれることが多いようで、女性の活動家と言うとこのような感じであるとよく女性の闘士とか言われたりします。本当に闘士なのですが、ただ別にヘルメットを被ってやっているわけではありません。日本の人権活動家というイメージは皆さんくらい若いとそうではないかも知れませんが、このようなイメージが根強いのかなと思っています。



     しかし、翻って考えてみますと、人権というのは非常に重要なことであります。拷問から人を守る、恣意的な拘禁から人を守る、強制失踪から人を守るなど、またこれは国際人権法というよりは国際人道法の分野なのですが、あるいは戦時国際法と言いますが、戦時下での民間人の殺害というようなことから人々を守ることでありまして、人間としてなくてはならないものなのです。あるいは性別や人種や性的な思考による差別を禁止するということが人権で、非常に重要なことであります。このようなことを私が学んだのは、まさに東京大学の1年生で憲法の授業を受けた時で、その時初めて人権について学びました。それまで中學校、高等学校を含めて人権についてしっかり学んだことがなかったと思います。このような人の権利というものが法律によって規定されて、そして国家に対して国民あるいは人の人権の侵害を禁止するという形で国家に対する行為規範としての人権法というものがあり、そしてそれが日本の場合は憲法にも書いてあるということを知って大変感動した記憶があります。
     その感動を胸に、しかし人権侵害の現場に行ってみたいという気持ちが大学生の頃に非常に強かったのです。大学の4年生の時に「現場と言えばここだろう」ということで遠くアフリカまで行ってしまいました。若干まだナイーブな所もあったのですが、「重大な人権侵害が起きている所、あるいは人権侵害の被害者がいる所と言えばここではないか」と思ったのです。



     中でもこのエリトリア(Eritrea)という国に行きました。小さな国で、おそらく多くの方が知らない国だと思いますが、1993年にエチオピアから独立した国です。第2次世界大戦直後にエチオピアに併合される形で1つの国になっていたのですが、その直後から独立武装闘争が起きまして、30年間も戦い1991年に武力による独立を勝ち取ったのです。1991年に独立闘争が終わりまして、その2年後の1993年に国連監視下での独立を承認する国民投票が行われました。私がエリトリアに行ったのが、1997年でしたのでちょうどエリトリアが正式に独立してから4年後の時でした。



     これはエリトリアの首都アスマラ(Asmara)にある大学で私が教えさせてもらっているところです。これがちょうど学生さん達と話している写真なのですが、これは法学部の学生さんです。法学部は5年制なのですが、この人達がちょうど4年生でした。アスマラ大学の法学部、法学部に限らないのですが、30年間の内戦の間エリトリアのアスマラ大学が唯一の大学だったのですが、これは閉鎖されていたということです。1993年に独立と同時に大学が再開しまして、この人達は5年生なのですが、この人達がアスマラ大学の法学部の1期生でした。まもなく卒業するということでエリトリアの中では非常にこの人達に対する期待が高かったのです。何十年間もエリトリア出身の法学の専門家というものが出ていなかったので、それぞれ1人ずつが凄く国に対するやる気に燃えていました。この人はオクバチョン君と言います。この人は目が見えなかったのですが、それにも関わらずとても優秀でした。1学年25名くらいしかいなかったのですが、皆が本を順番に彼に読んであげていました。彼は表現の自由についての論文を書いていまして、このエリトリアの表現の自由の土台は私が作るのだと仰っておられました。ここに肩しか見えない人がいるのですが、彼は25人の人の中で一番よくできた人だったのですが、彼はエリトリアには税金を取るというシステムがなく法律もなく、エリトリアは当時ほとんど所得税が取れていないので関税だけでほとんどやり繰りしていたので、税法を作るのだと仰っておられました。本当に1人ひとりが凄くやる気に満ちていたと思います。
     ちなみに私は何をやっていたかを少し説明致します。エリトリアは元々エチオピアの一部でしたからエチオピア法を使っていたのですが、独立したのでエリトリアの法律を作りたいということで、このエリトリアは法律を作っている最中だったのです。ちょうど私がエリトリアに行った1997年の5月に憲法の草案ができたということで、まさに偶然なのですが、その日にエリトリアに入りました。私自身は刑法を作るという手伝いをしていまして、刑法をエリトリアの草案委員会の人達が作るにあたって世界各国の刑法を参照しなければならないので、世界各国の刑法がどのようなものかということを比較、リサーチするという仕事をしていました。

     しかし、私はここに1年間ほどいたのですが、大学4年生のボランティアですのであまり役に立たなかったと思います。ただ、私自身は凄くいろんな刺激を受けて帰ってきました。しかし残念ながらこれだけ人々が、若者達が希望に燃えた国で私自身も凄く良い国だと思ったのですが、2001年をさかいに、いわゆる独裁国家になってしまいました。国境なき記者団という専門機関と言うか、NGOがありまして世界の報道の自由を監視しているパリに本拠を置くNGOです。ここで毎年ランキングを出しているのですが、去年出た最新のランキングでエリトリアが最下位になっていました。下から2番目が北朝鮮で、下から5番目くらいにミャンマーなどがあります。そのような国を越して最下位にランクするというのは相当の状況であるということはお分かり頂けるのではないかと思います。
     これは最近ヒューマン・ライツ・ウォッチが出したレポートの1つです。エリトリアは国民に終わりのない強制労働を国民に科しているものですから、その実態の調査報告を書いたのです。私の友人たちも(エリトリアを背負って立つはずだったエリート達なのですが)、2001年に独裁化された中で学生達がそれに反対する勢力の1つだったものですから一時的なものが多かったとはいえ、砂漠にある強制キャンプに送られたりしました。リーダー達は裁判にかけられたりもしました。5年生、すなわち第1期生の学生達が約25人だったのですが、内1人がジャーナリストになりました。彼は獄中で亡くなったと聞いています。その中でかなりの多くの学生達が結局エリトリアにはいられず、ドイツ、南アフリカやアメリカなどに亡命して、一部残っている人達もいます。エリトリアは人材難なので、私と同年代くらいに卒業した人が今最高裁の判事をやっているそうです。とは言え、大変な良心の呵責に耐えながら仕事するしかない状況であると伝え聞いています。

     このような経験を致しまして、国を助けることにより人権を保護しようとする考え方の限界というものをはっきりした形で見せ付けられました。人権を保護したいのであれば、(エリトリアを助けたというのはかなり極端な例なのですが、)人々の人権を保護するためには、抑圧された人々に注目する必要があると思いました。そして日本に帰ってからは弁護士になり、難民の保護に力を入れるようになりました。



     1998年、この時にエリトリアとエチオピアの間に紛争が始まりました。私がエリトリアを出る予定にしていた日の3週間くらい前から戦争が始まりまして、私も大変びっくりしました。ちょうど私はその時、ケニアに出張していまして、ケニアからエチオピアのアジスアベバ(Addis Ababa)を経由してエリトリアのアスマラに帰る飛行機に乗っていたのですが、エチオピアのアジスアベバ空港で飛行機を乗り換えようとしたところ「戦争が始まって飛行機はもう飛ばない。」と言われまして凄くびっくりしました。それで結局アジスアベバで何日間か足止めを食らいまして、でも3日分しかビザが出ませんでしたので、何とか3日以内に出ないといけないということで大騒ぎでした。結局、特別便がサウジアラビアまで飛びまして、そこに乗りたい人がいっぱい空港に押し掛けて大変だったのですが、とにかくそれに乗って帰るというような経験をしました。それから1ヵ月後、予定通りにエリトリアを出たのですが、その当時はこの戦争は直ぐ終わるというふうにエリトリアの中では言われていまして、私の大学生の友人を含め、(彼らの多くも元兵士だったのです)国中が愛国心に満ち溢れていまして、自発的にもう1度軍隊に入るという雰囲気が非常に濃くて「私は行かない。」とは言えない雰囲気がありました。そして、たくさんの人が戦争に再び行きました。「直ぐ戻ってきられる、数週間で終わり。」と言われていましたが、結局停戦までに2年もかかって数万人が亡くなるというかなり大規模な戦争になりました。その後も停戦ラインをめぐって大変揉めているのがこのエチオピア・エリトリア戦争です。

     少し脱線しました。2008年末、ここにいる皆さんにはご周知の通り、世界にはUNHCRが保護の対象としている人が4,000万人ほどいます。これだけ多いわけなのですが、当時私が日本に戻ってきた頃には日本の難民の保護は遅れていました。私が日本に戻ってきたのが1998年、戦争も1998年5月から始まりました。エチオピア・エリトリア戦争が起こったこともあり、また難民がこれらの国から出るようになりました。エリトリアも独立直後から何年間かは世界中にたくさんいたエリトリア難民がエリトリアに戻ってきて凄く活気があったのですが、またたくさんの難民が出るようになっています。今この瞬間もエリトリアはたくさんの難民を出している国で、エリトリア難民は悲惨な思いをしています。1998年、日本にも何人かがエチオピア・エリトリア戦争の関係で難民が逃げてきたので、ここから私は難民保護活動を日本で始めました。



     そこで、前年度の1997年に日本は一体何人の難民を助けたのかな、何人の難民を認定したのかなと、難民条約に基づいて認定したのかと思い、問い合わせたところ「1人。」と言われまして大変びっくりしたのが現実です。当時アフリカでもたくさんの日本人に会いまして、その中に難民を支援している方もたくさんいましたが、当時日本国がこのように難民を受け入れないということを知りませんでした。今でこそ皆さん、日本の難民の受け入れ事情についてご存知であると思いますが、10年以上前は全然メディアも報じていなかったし、「日本に難民がいるの?」というのがまさに100%に近い人々の反応だったのではないかと思います。このような状況から始めまして、去年では30人まで増えましたので30倍になったという考え方もあるのですが、ご存知の通り4,000万人の方が今難民の状態に置かれていることを考えますと、まだまだ少ないと思います。
     私は、9・11の直後でアフガニスタン難民がたくさん世界中で捕まったりしていた時に、アフガニスタン難民の中のハザラ民族という少数民族の代理などをしていました。
     ただ、日本政府も何もしてないというわけではなくて、皆さんも先日ニュースに接せられた方も多いのではないかと思いますが、難民の最終的解決と言われているDurable Solutionsの1つである再定住(reintegration)制度を今年から始めました。たしか2008年のことだと思いますが、全世界で約8万8千人ぐらいの難民達が再定住(reintegration)というプログラムによって難民キャンプなどから第3国に再定住して、人生を再出発することができました。やはりアメリカが最大の再定住難民の受け入れ国でして、8万人の内約6万人を受け入れています。その他スウェーデン、フィンランドなど、少数ですが、受け入れています。これに対して日本は、これから毎年3年間に亘って30人ずつミャンマーの難民達をタイの難民キャンプから受け入れる制度を始めました。これは皆さんもメディアでご覧になられたと思います。1週間ぐらい前に初の第1陣がやってきました。今年から来年、再来年までパイロットプログラムとして始めるということです。

     このようなことを弁護士時代にしていました。この難民保護活動を通じて、難民を保護することももちろん非常に重要なことなのですが、難民が起こる、生まれる原因である迫害や紛争そのものを解決したいという気持ちが強まりました。日本の中での難民支援のみならず、もう少しグローバルな活動をしたいと思って、今所属しているヒューマン・ライツ・ウォッチというNGOの職員となりました。



     多くの方がヒューマン・ライツ・ウォッチについてはもうあらかたご存知かも知れませんが、世界中を90ヵ国モニターしていて、東京事務所の設立は去年になります。私がヒューマン・ライツ・ウォッチに入ってもうすぐ4年目です。最初1年間はニューヨークの本部でフェロー(財団からお金をもらって1年間ヒューマン・ライツ・ウォッチに置いてもらう)でした。なかなか皆さんもご存知の通り、NGOもグローバルな人権問題を取り扱うポジションというのは非常に競争率が高くて、私もフェローをやった後に残れるかどうかかなり際どいところだったのですが、何とか日本に戻ってくるにあたり日本の駐在員という形で首が繋がりました。その後、日本の事務所を立ち上げる準備をして、何とか立ち上がったこともあって今では日本のディレクターということになっています。
     ヒューマン・ライツ・ウォッチは、アムネスティというもう1つ大きな国際人権NGOがあるのですが、あちらと並んで2大国際NGOと言われています。私共は本部がニューヨークにあり、アムネスティはご存知の通りロンドンが本部です。私はニューヨークの大学にいたので、ニューヨークの大学では人権と言いますとヒューマン・ライツ・ウォッチの存在感が非常に大きいということもあり、自然とヒューマン・ライツ・ウォッチに凄く憧れを抱くようになりました。国際法の授業でも先生はよくヒューマン・ライツ・ウォッチのことをよく触れますし、資料としても使ったりします。私はInternational Legal Studiesという国際法の専攻だったのですが、私のクラスにはやはり国際公法分野にヒューマン・ライツ・ウォッチとかそのような分野に興味がある学生達が多く世界中から来ていて、なかなか本当に就職は難しかったのです。ニューヨーク大学、コロンビア大学、ハーバード大学だと思いますが、各大学に1人だけヒューマン・ライツ・ウォッチに1年間だけ行けるフェローシップがありまして、NYUでも大人気で海外から来た留学生はもちろんアメリカ人もたくさん応募するものですから、私にはとっても無理だなと思っていました。しかし、元々ヒューマン・ライツ・ウォッチを知っていましたし、学生達が皆憧れているということもあって、就職先として認識をするようになりました。ニューヨーク大学のフェローシップは、特にアメリカ人を優先するということもあり、凄い倍率で私には無理だったのですが、日本の国際交流基金というところから当時NGOの人にもフェローシップを出していたので、そちらをいただいてヒューマン・ライツ・ウォッチに何とか入ったというのが最初のところです。

     今ヒューマン・ライツ・ウォッチは90ヵ国をモニターしているのですが、今のところパーマネントの職員は大体300人だと思います。300人で90ヵ国をカバーすることは非常に薄く広く活動しています。しかもその内、職員の1割くらいは資金調達の担当者ですので、それを考えても、調査が中心のNGOにもかかわらず、非常に少人数で調査をやっていると思います。世界中でメディアなどに登場する回数からしますと非常に大きな団体であると間違えられるのですが、実際の人数は仕事と比べれば非常に少ないというように私は感じています。



     どんなことをやるのかと言いますと、調査をするのがとにかく基本です。たくさんの調査員がいます。たぶん、組織の半分くらいの人がいわゆるリサーチャーと呼ばれる人で各国に基本的には駐在したり、各国の元々の人だったりするのですが、人権侵害をついて調査をし、調査をした上でどうやって解決できるのかという政策提言までをしていくということが仕事になっています。
     具体的にはどのように変化を求めるのか、変化をさせるのか、あるいはどうやってやるのかという疑問があると思います。大きく分けて3つの方法があります。基本的には情報の力で世界を変えるということなのですが、つまりヒューマン・ライツ・ウォッチには資金もありませんので、例えば日本政府みたいにODAでお金をあげるから何とかしてというように言うことももちろんできませんし、あるいは軍隊も持っていませんので黙れという形で軍を送るということも当然できません。やれることというのは情報の力で世の中を変えるということになります。
     3つの方法の中の1つは、ヒューマン・ライツ・ウォッチのとても得意な分野なのですが、調査をして、調査によって明らかになった人権侵害の情報を地元のメディア、そして世界中の主要メディアに報道させるという方法なのです。人権侵害は基本的に知られていないことが多いので、そうやってスポットライトが当たるだけでも止めろというプレッシャーが非常に大きく生まれます。ただ、それだけで人権侵害が止まるということも必ずしもなく、特に深刻な人権侵害の場合、例えばジェノサイドとか、戦争犯罪、人道に対する罪などのような人権侵害の中でも特に深刻なものにつきましては、訴追するということを私共は目指しています。
     7年前からなのですが、ご存知の通りオランダのハーグにICC(International Criminal Court)、国際刑事裁判所ができています。もちろん、基本的には国内での訴追を目指すのですが、それができない場合はICCなどでの訴追を目指していくということもあります。ヒューマン・ライツ・ウォッチはICCを作ることにもかなり中心的な役割を果たしたのですが、今行われている様々な裁判の中ヒューマン・ライツ・ウォッチの影響で実際の裁判がおきているといった事件がたくさんあります。
     最後に、これが日本の事務所にとても関係があることなのですが、世界にある政府、すなわち人権を尊重する政府の力を借りるという方法です。ヒューマン・ライツ・ウォッチは伝統的にはニューヨークに本部があるので、アメリカ政府あるいは欧米の政府の力を借りるという方法を今まで中心的にとってきました。欧米の各国の首都に事務所がありまして、その事務所の担当者がその各国の外務省、あるいは政治家などとのパイプを持っていますので、そこを利用しながら人権侵害の情報を渡して、外交の課題として取り上げてほしい、実際に言葉で人権侵害を止めろとしっかり発言してほしい、場合によっては制裁も発動してほしいとか、国連の安保理でこれを取り上げてほしいと、いろいろなことを提案しています。ただ、今多極化した世界の中で、欧米だけでは人権侵害を止めることはやはりできません。西洋も必ずしも頼れる存在ではなくて、イシューごとあるいは場合によっては2重基準であったりもするので、説得が簡単な相手ではないのですが、とはいえまだやはり各国欧米諸国での世論だと思います。自国の外交に対して人権侵害を止めるための行動を取れというプレッシャーが強いのが欧米だと思います。しかし、それだけに頼れないということもありまして、去年日本にも事務所を作りました。
     ヒューマン・ライツ・ウォッチは国際NGOと言われながらも、まだまだ欧米に事務所が多いです。アジアの中での事務所設立としましては、公式なものとしては日本が初めてです。今年の9月にインドのデリーに事務所ができました。グローバル・サウスと言われているエリアに事務所は少ないのです。事務所を首都に作っていって、首都の外務省、政治家、あるいは有力な知識人という方々とコンタクトを取っていくことによって、そしてメディアとつながっていくことによって、インドなどアジアの中でも様々な国が人権侵害に対して声を上げていくということを実現していかなくてはとヒューマン・ライツ・ウォッチとしては思っています。

     そうは言ってもヒューマン・ライツ・ウォッチは政府からは直接にも間接的にも政府からお金を貰わない(つまり国連のような国からなる組織などからもお金をもらわない)のです。そうしますとデリーに事務所を作ると言ってみたところで、まずお金がなかったらできないことなのです。
     私はヒューマン・ライツ・ウォッチに入って、いろいろ驚きました。もちろんいわゆるアドボカシーが政策提言のやり方ひとつにしても本当に驚きましたし、発想の大きさにもびっくりしました。実際、それをやってしまうというところにも本当に驚きました。またリサーチの質とか、飛び交っている情報の量も本当にいつも驚きましたが、中でも一番驚いたことがやはり資金です。資金の調達、さらに言えば組織のマネジメントです。ヒューマン・ライツ・ウォッチとして今グローバル・サウスに向けてどんどん事務所を作りたい、そしてヒューマン・ライツ・ウォッチを真の意味でさらに国際化するのだというのが実は組織内部での非常に大きな目標です。そしてそれに向けていろんな試算を出してみたところ、今ヒューマン・ライツ・ウォッチは年間40億円の団体でありまして、毎年40億円くらいの寄付を一般の個人や個人が作った財団を中心に集めているのですが、それを今後5年でなんとか80億円の団体にするのだと、すなわち2倍の予算にするのだということを掲げています。今そうやって予算規模を2倍にするために、つまりこれまでは年間40億円を集めればいいものを今度は80億円を集めなければいけないわけで、それに向けていろんなフィージビリティースタディーなどをやりまして、いろんな戦略を立てるわけです。来年から5ヵ年計画の1年目が始まるのですが、もしかしたら皆さんもご覧になったかも知れませんが、この前ニュースがありました。ジョージ・ソロスが、今後ヒューマン・ライツ・ウォッチに10年間で100億円あげますと、毎年毎年10億円を出しますというようなことがありました。ソロス氏はヒューマン・ライツ・ウォッチの長年のサポーターで、40億円の内たぶん1億円くらいをくれていただけだと思いますが、長年ずっと20年間くらいたぶん毎年1億円とかそのくらいのお金をくれているドナーの1人だったのですが、ジョージ・ソロス氏は慈善家としても非常に有名でたくさん寄付をしている方なのですが、とは言え、彼自身の財団以外に出すものとしては今までで最大の額だったということで、ニューヨークタイムズの一面に載ったと記憶しています。日本でも日本経済新聞などで取り上げられています。これは偶然そうなったのではなくて、5ヵ年計画を作り、そして40億円のギャップがありますので、このギャップを埋めるためにまず1レイヤー、2レイヤー、3レイヤーと段階的にどうやって40億円を埋めていくかを考えて、最初に一番大口の寄付者を募って、そこからさらに今度は1千万円とか、2千万円レベルで出してくれる人達を募るといったような順番があります。その第一弾がたぶんジョージ・ソロス氏です。とにかく、40億、80億円をはじき出して、世界中のお金持ちからどうやってお金をもらうかということに関して、実際に計画も立ててお金をどんどん集めてくるというそのやり方も、私にしては毎日毎日びっくり仰天です。
     少し話し過ぎたかも知れませんが、とりあえずこの辺で一旦、私のプレゼンテーションを終えさせて頂ければと思います。どうもご静聴頂きましてありがとうございました。

    【第2部】トークセッション with 北岡教授

      「国際NGO機関で働くことの役割と意義」


    (北岡伸一教授)

     大変、興味深いお話をありがとうございました。皆さんもいろいろとお聞きしたいお話がいっぱいあるでしょうから私があまり喋らないほうが良いのですが、少しお話しさせて頂きます。
    世界中の日本支部の役割と言いますか、世界に対する日本の貢献というのはどういうところにあるとお考えでしょうか?

     (土井香苗氏)

       ヒューマン・ライツ・ウォッチには20個くらいの事務所があると思いますが、日本の事務所の役割というのは非常に明確であります。日本の政府へのアドボカシーというのがその役割です。なぜそうなるのか言いますと、日本の政府が非常に大きなドナーだからというのが最大の理由だと思います。日本のODAは減っているとはいえ、日本はODA大国です。しかし、ODAというお金に対して人権の条件付けがされているかというと今のところ必ずしもそうではないのです。一応、ODA大綱には気をつけるというように書いてありますが、実際には条件付けがされていないということがあって、私共ヒューマン・ライツ・ウォッチの観点からするとこのお金にもし条件付けがされていけば非常に強力なツールになるというように考えます。いずれにしても日本はそれだけのお金を出している大国であり、また安保理にも議席が今のところあるといった非常に重要な国として認定されています。もし日本が人権について発言してくれたらそれは驚きを持って、新鮮さを持って受け止められると思います。また、欧米の国が発言するのとはもっと違ったてきとうな重みがあると思っているので、とにかく日本政府には世界中で起きている人権問題に対してより積極的に動いてほしいと考えています。
     PKOも関係があります。日本はヘリコプターなど非常に良いものを持っていますが、このようなものが世界中の紛争で足りていないということがありますので、もしそのようなところで貢献してくれたらと思います。

     (北岡伸一教授)

     なるほど、私も外交をやっていた人間からするとそれはもちろんなのですが、非常に戦略的にクリアです。日本だったらまず日本政府をどう動かそうかと、そこに来るのです。言い換えれば、日本のプライベートセクターからお金を集めるのは相当難しいということなのです。
     もう1つは北朝鮮など日本を基点にする情報収集はどうなのですか?

    (土井香苗氏)

     北朝鮮に関しては少しあります。ただ、やはり日本における人権侵害を調査するのは日本でやるべきだと思うのですが、現状ではヒューマン・ライツ・ウォッチが人権侵害の調査をしている世界90ヵ国の中に日本は今のところ入ってないのです。それは日本が人権ワースト90に入っているかというとおそらく入ってないと感じているのだと思います。今まだリソースが非常に限られていますので、そのような中では、日本で調査をするよりもやはり日本の外交に対する期待の方が大きいのかと思います。その期待にはフラストレーションも織り交ざっっているわけなのですが。
     北朝鮮に関しては、確かに調査も少ししています。北朝鮮で今何が起きているかは、さすがに入ることはできませんので、中朝の国境などで脱北したばかりの人から定期的にできるだけ多くのインタビューを行います。そうやって、北朝鮮の中で何が起きているかということを調べています。日本にも脱北者はいるのですが、来るまでに結構時間がかかり若干情報が古くなるということがあるので、そこまで重視しているわけではありません。

     (北岡伸一教授)

     国連は国連で人権問題の特別報告者を任命しまして、北朝鮮問題はどうか、ミャンマーはどうかというのをやるのです。しかし、肝心のそのような国には入れないわけです。それから中国も絶対に受け入れないのです。そこで、日本でも一定の北朝鮮関係の情報は集めるものですから、しばしば日本に来て情報を集めるのです。それからミャンマーについても日本には亡命者または関係者がいろいろいるものですから、日本も情報源の1つではあるのですが、ヒューマン・ライツ・ウォッチの場合はそれ程重要な情報源にはまだなってないという感じですか?

     (土井香苗氏)

     そうですね。やはり情報の新しさというところからすると、ミャンマーも公式には入国できない国のひとるです。タイとミャンマーの国境に拠点を置いていて、出てきてすぐの人達から話を聞いています。
    一方で確かに国連の特別報告者などが日本に来て、日本の拉致被害者を含めた人達の話を聞いたりしていますが、私達も拉致被害者家族からは話を聞いています。私達からすると、日本政府が特に北朝鮮の特別報告者などを招いて話をしてくださるということは凄く良いことだと思っています。今回、国連北朝鮮人権状況特別報告者が新しく任命されました。前のウィティット・ムンタボーンさん(Vitit Muntarbhorn、チュラロンコン大学教授)の任期が終わって、インドネシアの元検事総長だったマルズキ・ダルスマン氏が新たに就任されましたが、やはり日本のように熱心な政府(北朝鮮問題には日本はある程度熱心で、ただ北朝鮮問題なのか、拉致問題だけなのか少し微妙なのですが、我々からすると若干焦点が狭すぎると思います。)が推進力になっていることは事実なので、そのような政府がとにかくイニシアティブを取って、特別報告者に対してしっかりやれよというように期待をしたり、活を入れたり、いろんな被害者と会ってもらって実際の話を聞いてもらったりなどといったことは非常に重要なことだと思っています。

    (北岡伸一教授)

     いわゆる人権問題と言う時にいろいろなカテゴリとか、種類があるのですが、その中で例えばアメリカはイランという国に非常に厳しいわけです。でもイランはまだ北朝鮮よりだいぶましではないかと我々は思うわけです。そうしたその被害を受けている人権の種類とか、深刻さあるいは優先順位ということになるのかも知れませんが、政治的活動が自由な所から生命の危険がある所まで様々なのですが、その優先順位付けというのは今どうなっているのですか?

     (土井香苗氏)

       今日午前中にと或る議員さんに会った時、同じ質問をされました。ヒューマン・ライツ・ウォッチの基準というのは、国による区別はないのです。そういうことですので、イランがやろうが、北朝鮮がやろうか、エジプトがやろうが、イスラエルがやろうが、あるいは日本であろうとアメリカであろうと同じ基準を適用するということです。そして、それが私からすると国際NGOの貴重なところであると思います。国家というのはいくら人権を尊重しますと言っても、狭く捉えた国益の中ではいろんな国、同盟国と非同盟国との、言わば敵対している国との秤にいつもかけて人権を取り上げているので、一貫している国は全然ないと思います。しかし、我々は一貫していないといけないということで、全ての国に一応同じ基準を当てはめるのです。
     とは言え、何を取り上げるのかは難しいです。先程申し上げたように、リサーチャーは基本的には1国を1人で担当しているのです。日本を1人で調査するということは大変なことだと思うのですが、パキスタンを1人でとか、アフガニスタンだと今せめて2人いますが、そのような状況です。リサーチャーの負担も非常に大きい中で何を選ぶかと言いますと、1つの基準は重大性です。それは生命を奪われるという人権侵害、例えば戦時下の民間人の殺害は何千人単位で起こることもありますので、大変重要視しています。また、政治的な殺害も何百人という単位で起こることもありますので、そのようなものももちろん重要です。加えて恣意的な拘禁ですとか、共生失踪、拷問なども重大です。一方で所謂重大な人権侵害だけを見ていると、どうしてもマイノリティーに対する目配りができないということもあるので、ヒューマン・ライツ・ウォッチの組織構造としては基本的にいわゆる重大な人権侵害を地域の担当が見ていて、(私達は実はアジア局という所に属しているのですが、)その一方で子供の権利局とか、難民局とか、いろいろイシューごとの局も10個ほどあって、縦横関係になっています。

     (北岡伸一教授)

     重大度というのがあって、やはり死刑というのは取り返しのつかないものです。それから拷問というのも人間は弱いものですから、そのようなものは絶対駄目だというのがボトムラインだと思うのですが、そこからまた政治活動が制限されているというところがあるなどいろいろグラデュエーションがあるものです。
     私が国連にいた時はミャンマーをどうするのかという問題がありました。かつてはアジア的な人権とか、そのようなことを言う人がいたのですが、でもボトムラインの本当に重大な人権侵害をこれは一刻も猶予できない、政治活動の制限はましとも言わないのですが、徐々に改善に向かっているのであればまだ我慢できると思うのです。しかし、これを逆行するのは少し耐えがたいというので、日本はミャンマーに対するアプローチはとても難しいです。ミャンマーに対して厳しい措置をすれば、どんどん中国に依存するようになって事態が改善するかどうか分からない、でも他方で少数民族に対する弾圧は酷くなっているということで、日本はそのような意味でそれまでミャンマーに対してはニュートラルだったのです。でも、どうも悪くなっていると言って、私がいる時にミャンマーに対して厳しい措置に出るということになったのですが、それもまた少し動揺したりしてどうも必ずしも首尾一貫していなくて、そのように迷っているところでNGOの発言というのがそれを左右するような力を持つだろうと思います。
     もう1つたぶん皆さんも興味を持つだろうと思うのですが、エリトリアにいた時に、隣はエチオピアで今は戦時体制にあるものですので政治体制が正当化されているのですが、アフリカに他にもいろいろあるわけで、そのルートコーズ(root cause)と言いますか、そうした人権抑圧の非常に根っこにあるものとか、そのようなものに対して何か感じられることはありますか?私はエリトリアがどのような国かよく知らないので質問させて頂きました。例えば女性差別とか、特にイスラム系とか、それから女性に対する性的搾取とか、非常に多いと思いますが。

     (土井香苗氏)

     おっしゃる通りです。私共からすると人権侵害(おっしゃる通り人権侵害にもいろいろなバラエティがあるのですが、)の放置が様々な問題の原因、すなわちルートコーズになっていると感じています。かなり大雑把に言えば、人権侵害を放っておいたがために世界大戦にまでなったと理解されています。第2次世界大戦のホロコーストをヨーロッパ各国が見逃したというところで、その反省に立って第2次世界大戦後に国際人権というものが非常に発達したわけです。世界人権宣言が約60年前に国連で採択されたのですが、その前文は人権侵害を見逃すことが世界の平和に対する脅威になるので、そのようなことを踏まえて世界人権宣言を採択しますという内容になっているのです。
     エリトリアのような独裁体制、少数の意見を全部弾圧するような体制の下では、人権侵害だけに止まっている国などなかなかないと感じています。エリトリアとか、ミャンマーとか、北朝鮮のような典型的な独裁国家では、表現の自由がなくて、民主的な選挙、その選挙のやり方も表現の自由が全くないような、あるいは選挙そのものがない国も多い中で、ミャンマーのように後1ヵ月後くらいでやるという国もありますが、いずれにしても、しっかりとした自由で公正な選挙をせず、人権を侵害する国家の場合、平和への脅威となることも多いです。そして、外国の脅威にならなくても内戦を行っている国が多くて、内戦の行い方も非常に残虐になります。我々人権団体は必ずしも戦争そのものを反対する平和団体とは異なります。戦争そのものに反対するという立場は、ヒューマン・ライツ・ウォッチ、アムネスティなど多くの人権NGOは基本的にとらないのです。しかし、戦争が仮に起きれば戦争のやり方、すなわち国際人道法とか、戦時国際法(戦争法という言い方もあるのですが、)の順守をチェックするのです。
     法の支配の無い、非常にガバナンスの悪い国、独裁的な国、例えばコンゴやスーダン、その他アフリカのいろんな国がその典型なのですが、それらの国には本当は資源もたくさんあって、しっかり公正に配分されるまともな社会であれば人々は豊かなはずなのにそれがされていないのです。そのようなガバナンス人権無視、法の支配の欠如というものが貧困の原因の1つになっているということも非常に多いと考えています。

    (北岡伸一教授)

     宗教的な要因はどうですか?

    (土井香苗氏)

     宗教の差別とか、あるいは民族の差別とか、そのようなものも人権侵害の1つのカテゴリなのですが、そのような不寛容さが対立を生み、紛争になるというのはよくあるパターンです。私は何年間か人権問題を見てきて、いろんな内戦や戦争、またそれによってもたらされる人道法の無視をずっと見てきました。そして、そのほとんどの全ての構造が似ていると思います。多くの場合は少数民族などに対する不当な差別というものが長らく続く中で、そこから武装勢力が立ち上がり、その武装勢力を追い払うという名目で、民間人をいっぱい巻き込むような形での政府による攻撃が起きて、それでまた少数民族と政府の間のテンションがどんどん高まって、いつまでもその国の悪い循環が終わらないというようなことなどがあります。

    【第3部】質疑応答

     (司会:北岡伸一)

       なるべくたくさん質疑・応答の時間を取りたい趣旨で、これからフロアをオープンにして皆さんの質問をお受けしたいと思います。どんな質問でも土井さんは親切に答えてくれるはずです。どちらの方でも何でも聞いてください。

    ★質問 1

     ありがとうございます。
     アムネスティ・インターナショナルの話も出てきまして、同じ目的を持つ団体が複数あるということですが、そのようなものが並立しているというのは、公的機関との大きな違いだと思います。実際、並立しているということは重複が生じて効率が損なうものであるのか、それとも補完的なものなのか、その辺りどのような感じなのか教えてください。

    (土井香苗氏)

     ありがとうございます。
     先ほど言い忘れた点に言及頂いたようなものなのですが、北岡先生からどうやって取り扱う人権問題を選ぶのですかと言われた時に、「重大性」と申し上げたのですが、それに加えて実は2つくらい基準があります。その1つは変化を起こしやすいかどうかという問題です。ただ調査することそのものが目的ではなくその後それを改善させるのが目標なのです。改善の可能性があるかどうか、いろいろな政治状況や我々がどれだけパイプを持っているかとか、その時点での世界的なアテンションとか、国連などの機関でその問題が取り上げているかなども含めて検討するのです。
     最後にもう1つは、その他の組織との重複が無いかということです。アムネスティとヒューマン・ライツ・ウォッチが同じレポートを書いてもあまり意味がありません。ヒューマン・ライツ・ウォッチが書いているレポートをアムネスティも書きませんし、アムネスティが書いているものは私達も書かないのです。アムネスティはヒューマン・ライツ・ウォッチと比べるとスタッフ数は多いです。定かではありませんが、おそらく500人くらいいるのではないかと思います。我々ヒューマン・ライツ・ウォッチが300人ですから2倍とは言えないのですが、2倍近くいるのではないかと思います。また、ヒューマン・ライツ・ウォッチと違ってアムネスティは会員制の団体ですので、会員のケアに人員が必要なので、調査の面ではヒューマン・ライツ・ウォッチの方がおそらく人数は多いのです。そうしますと我々が1ヵ国に1人と申し上げたのですが、アムネスティの場合でも1人1ヵ国とか1人で3ヵ国くらいを担当するといったような感じです。ですから、重複と言ってもそれ程重複はしていません。まだまだ足りなくて一個くらいもう少し大きな団体が出てきて、我々が調査してないところをさらに調査してくれるくらいでも十分ではないかと思ったりもしています。
     どちらかと言えばお互い補完的な関係です。私達はどちらかと言えば調査重視の団体です。変化の起こし方もトップダウン式が多くて(英語ではターゲッテド・アドボカシーと言うらしいのですが)、政策担当者に直接良い提案をしっかり持っていくやり方なのです。アムネスティはたくさんの会員を持っている凄い団体ですので、草の根運動を起こすことが非常に得意です。すなわち会員を使って、世論を作って、凄いデモンストレーションを行うなどの形で世論を作るやり方です。したがって、世論がなければ、いウォッチはやり方も違う、ターゲットを置いている部分も違うということで、非常に良い補完関係ではないかなと思っています。

    (司会:北岡伸一)

     補足質問なのですが、動かしにくい国、例えば中国とか、ロシアとか、相対的に取り上げられないということになるのでしょうか?

    (土井香苗氏)

     良い質問です。
     中国、ロシアくらいになると、それはまたそれで非常に重要な国なので、我々もリサーチャーを他の国に比べると多く配分しています。また、北朝鮮なども動かしにくいですが、あまりにも、人権侵害が重大なのでそれなりに置いています。中国、ロシアは絶対動かないわけでもないのです。中国はかなり外面に大変気を使う国なので、国際的プレッシャーをかけていきますと動いたりもします。中国、ロシア辺りはプレッシャーをかけ続けるのが非常に重要な国なので、それはまた別の理由で頑張ってリサーチしている国です。

    ★質問 2

     本日はエキサイティングな話、ありがとうございました。
     ヒューマン・ライツ・ウォッチさんの活動と上手くいった例やサクセスストーリーは、ウェブページでも確認していて活動が地道に変化をもたらしているのは認識しています。一方でヒューマン・ライツ・ウォッチの活動が今そこにある危機、まさに進行している危機に対して変化をすぐにもたらすことはできない、今そこにある人々の人権侵害を救うことはできないという状況の中で、土井さんの中に葛藤があるのではないかと推測するのですが、そのような葛藤をどのように消化していかれているのかを伺いたいと思っています。

    (土井香苗氏)

     お酒で消化している部分がかなりあるかも知れません。(笑)我々のサクセスストーリーがたくさんウェブに載っています。失敗例などはわざわざウェブに載せないということもあります。しかし失敗例の方が多いと思います。失敗というのもこれまた難しくて、いつどこで失敗したというように結論付けるということが必ずしも適切ではないこともあります。例えば北朝鮮を例に取れば、過去何十年間も失敗し続けていると言えば言えるのですが、しかし北朝鮮の中で変化が起きる時がいつか来るかも知れません。東欧諸国やロシアに関しても大きな変化がありましたが、その前の年まで、何ヶ月か前までは誰もそのような変化が起きると思っていませんでした。専門家であればあるほどこの国は動かないと言っていました。変化というのはいつどこで起きるか、我々のどの働きかけが将来どのように動くかは分からないのです。歴史の検証のためにも何が起きたかということを調査して明らかにしていくことが重要だと思っています。
     とは言いながらも、確かにフラストレーションの溜まる仕事でもあります。ヒューマン・ライツ・ウォッチの中でその多くリサーチャーという現地に住んだり現地に行って調査する人で、リサーチャー達の精神的苦痛はかなりのものがあるといつも聞いていて思います。
     一方でヒューマン・ライツ・ウォッチは、我々は人権団体で人道団体とはまた違います。人道団体というのは、危機が起きた時に1人ひとりの人を助けるといったことをします。北岡先生がルートコーズとおっしゃったのですが、ルートコーズについては手を付けません。我々はルートコーズの方だけをやって、一般の目の前の人達を救援する役割ではないと思います。これは役割分担であると思います。両方を同時にすることはできないからです。物資の提供ですとか、医療の提供などのような1人ひとりを助ける活動を始めてしまいますと、非常に大きな現地でのオペレーションが必要になります。このオペレーションを守るためには政府から許可をもらわないといけないので、政府がやっている本当の人権侵害などを暴いてしまいますと、その現場から追い出されますので、どんなに辛くてもルートコーズには目をつぶって、目の前の人を助けないといけないということは、それはそれでまた辛いものがあると思います。内緒という形でヒューマン・ライツ・ウォッチに情報をくれる人権支援機関がたくさんいるわけですが、一方で私達のリサーチャーの辛さというのは、目の前の人を助けたいのだが、自分は医者ではないということです。例えばスリランカでたくさんの拉致が起きていたのです。特に2〜3年前まではたくさんありました。私達としては拉致を止める仕事はあるのですが、目の前の被害者からすると旦那さんが居なくなって、大黒柱が居なくなって、今経済的に非常に困窮しているので、それを何とかしてほしいというところもあります。それに耐えられなくなって、人道NGOの方にキャリアを変えたりする人もいます。また人道NGOでやっていると日々の仕事はしているのだが、根本原因を指摘できないというもどかしいさから人権NGOに移ったりと、このエリアでぐるぐる回っている人達をたくさん見かけます。

    ★質問 3

     興味深いお話、ありがとうございました。
     質問がいくつかあるのですが、このような分野での活動にはいろんな選択肢があったと思います。先ほどエリトリアのお話とか、いろんなお話しを聞きましたが、その中であえて国際NGOという選択肢を取られた要因というか、気持ちをもう少し詳しく聞かせて頂きたいということと、他のNGO、例えばアムネスティの話も出ましたが、国際機関との連携はお仕事の中でどのようになされているのか、少し具体的に教えて頂きたいのですが。

    (土井香苗氏)

     いい質問、本当にありがとうございます。
     国際NGOに就職したのはなぜか。ヒューマン・ライツ・ウォッチに入った頃のことを考えますと、とにかく先ほど申し上げた通り、就職戦線は非常に厳しいものがありますので、UNHCRでも何でも入れてくれたら入ったというのがたぶん本当のところではないかと思います。(笑)とはいえ、私としての第1希望はヒューマン・ライツ・ウォッチだったのです。私がUNHCRにいたことがあるわけではないので何とも言えないのですが、実はヒューマン・ライツ・ウォッチ東京のもう1人のスタッフが元UNHCRで、彼女に言わせると、ヒューマン・ライツ・ウォッチはNGOなので風通しが非常に良くて、仕事がしやすい環境であるそうです。ペーパーワークなどは極力少なくなっているし、とにかく現場の人が動きやすいようになっています。また、トップまで何層もあるというような組織ではないし、人数自体もUNHCRと比べると断然少ないのです。とにかく1人の人間として最大限の能力を発揮できる場としては、ヒューマン・ライツ・ウォッチに入って非常に良かったというように感じています。
     あと、ニューヨークにいると、人権問題の解決に向けて本当のリーダーシップを取る最先端は誰なのか?と聞かれると答えはやはりNGOです。中でも人権問題であると特にニューヨークだとヒューマン・ライツ・ウォッチは非常に存在感があります。私は本当に人権問題をやりたかったので、その中でヒューマン・ライツ・ウォッチをいつも最先端にいる、とてもカッティング・エッジ(Cutting edge)な団体と認識していたので、できれば入りたいなと思い、あの手この手で入ったというような感じです。
     アムネスティやUNHCRとの連携は、ケースバイケースでやっています。特にアムネスティのような国際NGOですと、連携することは非常に多いです。あるいはヒューマン・ライツ・ウォッチがよく連携する団体は、アムネスティ以外に、インターナショナル・クライシス・グループ(International Crisis Group)という紛争予防のNGOです。リサーチに大変力を入れているNGOであり、かつアドボカシーにも非常に力を入れているNGOで、ヒューマン・ライツ・ウォッチのスタイルと非常に似ています。先ほど北岡先生の質問に対する答えでも申し上げたのですが、ヒューマン・ライツ・ウォッチの仕事も紛争に直結しています。そのため紛争予防という観点のNGOもよく我々と同じイシューをカバーするのです。
     あと、私として非常に重要な連携というのは、各国にある地元のNGOです。そことの連携は非常に重要で、そのスペシフィックなイシューだけで連携するのですが、現地のNGOが一番現地とのネットワークを持っていて、良い調査をするためにも、良いアドボカシーをするためにも、現地NGOとの協力は欠かせません。リサーチャーの力量というのはNGOとどれだけコンタクトをしているか、どれだけ情報がつうつうになっているかというところだと思うことも多いくらいです。
     あと、国連とか、いろんな政府とか、いろんなアクターがいて、上手く我々の問題意識を共有してくれる時は表に裏に、いろいろと協力しています。あるいは、協力してくれない時には国連であっても私達は結構批判します。ヒューマン・ライツ・ウォッチに槍玉にあげられた国連機関もたくさんあります。

    (司会:北岡伸一)

     参考のために補足しますが、国連ももちろん立派な組織で私も国連が好きなのですが、国連の主役というのは加盟国なのです。加盟国の意向に決定的に反することはやりにくいです。また、加盟国の間の平等とか、それから途上国に対する一種のアファーマティブ・アクション(Affirmative action)というものがあって、途上国出身の人を多めに採用しなければいけないというプレッシャーがあります。国連の最大のグループは「The G77 and China」という途上国中心の120〜130ヵ国あるグループで、その国々はあまり民主主義的な、人権愛好的な国ではないのです。そのような国々のプレッシャーに常にさらされているというところがあります。それから大きな官僚制度ですので、機動性が非常に落ちるのです。そういうことですので、現場で本当に活躍しているのはNGOです。
     今名前が挙がりましたICGというのは、とても役に立つところで、どこでどういう紛争が起こりやすいか、もう起こりそうか、今どうなっているのかという非常に参考になる情報を出してくれるところです。皆さん、ご興味があればウェブサイトをご覧になれば良いと思います。
     そのようなところは結構あります。例えばそれとつながっているのですが、安保理だけをターゲットにしているところもあります。それは「Security Council Report.Org」と言って、来月の安保理でどういうことが議論になるだろか、またそこで議論になる今のスーダンの現状はどうであるかということを教えてくれるのです。日本などは独自の情報もありますが、小さな安保理非常任理事国だったらとてもここの情報には敵いません。情報のレベルを上げるのにとても貢献している団体で、私も現地にいた時は凄いなと思いました。

    (土井香苗氏)

     ちなみに少しだけ付け加えたいのですが、このSecurity Council Report、ICG、ヒューマン・ライツ・ウォッチとか、そのような力があるNGOには、本当に日本人が少ないのです。国連も日本人が少ないと言われていますが、たぶんSecurity Council ReportやICGには日本人がいなのではないかと思います。これらの中では非常に多くの人が回っています。たぶんSecurity Council Reportを作った人は、元々ヒューマン・ライツ・ウォッチで安保理担当の人だったと思うのですが、ICGからも行ったり来たりとか、そこでは人々がぐるぐる回っていますので、その中に1度入ってみることも非常に重要かなと思っています。今後ぜひ皆様のレーダースクリーンに国際NGOも入れてもらえば良いなと思います。

    ★質問 4

     興味深いお話、ありがとうございました。
     現在、法学部の4年生で法曹志望なのですが、先ほど土井先生が人権弁護士と申されましたが、私は人権検察官、裁判官など監視とか調査ではなくて、法整備支援に関わりたいと思っているのですが、そのような法整備支援にできることとできないことを教えて頂きたいというのがまず1点です。もう1つは先ほど北岡先生のお話しにも関連すると思うのですが、国際NGOの中の資源配分がいかに行われているのかというので、それとのイシューとの関連なのですが、私は障害者の人権に興味がありまして、そういうのは難民と違って生死が関わることではないので、深刻さの度合いからすると基準が落ちると思うのですが、数という基準を導入した時に難民の問題は少数の問題ですが、障害者の人権というとかなり大きな人数になると思います。いろいろと基準がある中で、どのように順序付けするのかということとそれが予算や人事の配分の際にどのように関係していくのかということをお伺いしたいです。

    (土井香苗氏)

     皆さんのご質問が鋭いです。ありがとうございます。
     検察官と裁判官を含めて、法曹がどうやって国際貢献ができるのか、北岡先生もいろいろと安保理ミッションなどを見られていらっしゃるので、私の方がご意見を伺いたいところでもあります。日本では法律を書くことが法整備支援であると認識されていると思うのです。そのような支援ももちろんあります。それも重要だと思うのですが、それだけではなくて、紙に法律を書いても、それがしっかり施行されなければなりません。
     いろんな国ではガバナンスが非常に脆弱です。やはりしっかりした裁判官がいるとか、検察官がしっかり捜査できるというのは、人権侵害を止めるための要の中の要なのです。しっかりその国の法制度を作ると言いますか、法律を書くだけではなくてしっかり機能する司法を作るということは、紛争中も紛争後もその国の人権侵害を止める要の中の要であると思います。そのような人達は国連のミッションの中でもたくさん採用されています。ヒューマン・ライツ・ウォッチとしてもそのような支援が必要であると考え、いろんな国で言って回っています。あるいはそのような紛争だけではなくて、例えば紛争が無い国でも、人権関係の重大事件、すなわち少数民族や女性がターゲットになっているような犯罪がしっかり捜査されないことによって人権侵害が蔓延している例がたくさんあって、日本のようなまともな捜査、例えばフォレンジック(forensic)を含めて、初動捜査、捜査のやり方などをしっかりした捜査を教えることが重要なのです。そのような働きがもっともっとされてほしいというのを心底から思っています。
     障害者の人権の分野は非常に重要な分野です。特に障害者の人権条約もできたばかりで、ヒューマン・ライツ・ウォッチの中でも少し遅ればせながら障害者の人権のプログラムができました。他に、女性の権利局、子供の権利局、難民局、それから武器局と言い非人道的な武器の禁止を扱うところや、インターナショナル・ジャスティスと言いまして要するにICCとかいろんなところで国際的に法の正義を実現する、すなわちアカウンタビリティー・ジャスティスを実現するところがあります。それからHealth and human rightsという分野があり、LGBT(エル・ジー・ビー・ティー)と言ってレスビアン(Lesbian)、ゲイ(Gay)、バイセクシュアル(Bisexuality)、トランスジェンダー(Transgender)の権利を扱うところなどがあります。おっしゃる通り、凄く重要な分野であると思います。死ななければそれで良いというのでは全くないので、女性の権利も子供の権利もマイノリティーの権利というのは生命、身体に対する被害の度合いだけではないのです。マイノリティーの権利というのは非常に軽視されがちです。

    (司会:北岡伸一)

     付け加えておきたいのですが、法支援というのは非常に重要な分野です。今日こちらには法学部の方以外も大勢おられますが、法律を勉強することは非常に有効な武器になるものだと思います。普通に我々からみて考えられないのは、まず警官が勤務する建物がないのです。警官が腐敗しているわけです。これが一番大変なところです。現場の犯罪や人を護る最前線にいる警官があてにならないで、犯罪者とつるんでいたら大変難しい状況であります。まず、まともな警官を選り分けるところから始めなくてはならない国が多いのが現実です。
     去年のシンポジウムでやりました「法支援で日本は何をしているのか」というので、土井さんがエリトリアでやられていたような法律を作るということは、小さい貢献でありながら永く持つのです。これは日本でも程々やっていて、我々法学部の同僚でも東南アジア、ベトナム、カンボジア辺りの法支援に協力していた人が何人かいました。よく定期的に出張していました。

    ★質問 5

     お話、ありがとうございました。
     グローバル・リーダーシップに関連して3つ伺いたいのですが、グローバル・リーダーシップというものを想像した時に、日本オリジナルの機関の組織の日本人が活躍しているというイメージなのですが、土井代表が所属しているヒューマン・ライツ・ウォッチは結局欧米の組織でニューヨークに本部がある機関であり、その機関の世界戦略の中で位置付けられた日本の事務所の代表でいるわけです。日本人によるグローバル・リーダーシップを考えた場合に組織のナショナリティは度外視されていたのか、もしくは土井代表の今後のキャリアプランとして欧米の機関に所属していても、その中でヒューマン・ライツ・ウォッチの代表になってしまえば、別に組織のナショナリティが日本ではなくてもいいというようなお考えでいるのかという質問です。もしくは日本オリジナルの事務所をご自身で立ち上げてご自身が世界で活躍されようと思っているのかを聞きたいと思っています。
     最後に日本におけるグローバル・リーダーシップを発揮する日本人を育てる教育というものを考えた時に、それには何が大事なのか、もしお考えが何かあれば教えて頂きたいです。

    (土井香苗氏)

     今のご質問なのですが、非常にいい質問です。私もあまりそこを掘り下げて考えたことはなかったです。今は基本的東京にいますが、世界の人権侵害を最大限に止めるためにはどこにいるのが一番いいのかという観点からすると、私は国際NGO、特にヒューマン・ライツ・ウォッチであるという選択をしているのですが、それが日本発のNGOを選択するというのも非常に素晴らしいことだと思います。しかし残念ながら日本にはそのようなものがないということが問題で、もし日本発のNGOであろうが、カンボジア発であろうが、ロシア発でもいいのですが、そのようなNGOが本当に効果的な仕事ができるような場になってくれれば、私は特にここがいいという気持ちはないのです。ただ、アドボカシーを政府やら国際機関などに働きかける担当者の立場からすると、どちらかと言えば、私としてはアメリカ政府に働きかけてアメリカ政府に頑張ってもらって、アメリカがリーダーシップを取って人権侵害が解決されるよりは、もし同じように解決されるのであれば、自分が日本人であることもあって、日本がリーダーシップを取って、日本のお陰で人権侵害が解決されれば良いなという気持ちはあります。それで世界中のどの政府でもいいと言われたら日本の政府に働きかけたいなという気持ちはあるのです。
     ヒューマン・ライツ・ウォッチが日本に事務所を作るまで日本政府をターゲットにして、グローバルな人権問題を解決することを働きかけるようなアドボカシーのNGOがなかったと言って良い状態です。実際自分でもヒューマン・ライツ・ウォッチに入る前に日本にそうしたNGO作ろうかと思い、友達と話をしました。友達の方がとても優秀だったこともあり、作ってもらいました。小さいNGOなので皆さんはご存知であるか分かりませんが、ヒューマンライツ・ナウ(Human rights now)と言います。当時はヒューマン・ライツ・ウォッチもなかったので、ヒューマン・ライツ・ウォッチなどのNGOを見て日本の国に働きかけるNGOがとにかく必要だと思ったのです。ヒューマンライツ・ナウを作りながら同時に自分もヒューマン・ライツ・ウォッチに入れたので、今そのようなことをやっている2個のNGOが東京にあるということになっています。やはり1個しかないより、2個あった方が影響力も少し大きいので、凄く良かったと思っています。仮にヒューマンライツ・ナウが本当に大きくなってきて、世界中に事務所を置くようなNGOになっていくことができれば、本当に良いと思いますが、長年私はNGO業界で仕事をしてきて感じるのですが、それに向けてはいろいろとネックがあるのです。ただ、あまりにも資金のネックが大きすぎてます。ヒューマン・ライツ・ウォッチが40億円なので、ヒューマンライツ・ナウにもせめて1億円でも良いので寄付が集まるようになれば、段々変わってくると思います。資金以外のおそらく調査能力などいろんなものを含めて、様々な問題が出てくると思いますが、まだ最大の問題はやはり資金ではないかと思います。ただ、ヒューマン・ライツ・ウォッチの今のCEOの話を聞いても、彼がヒューマン・ライツ・ウォッチに入ったのが20年くらいの前なのですが、その頃は20人くらいのスタッフしかいなくて、日本からすれば大きいのですが、どこかの雑居ビルに入っていて全然誰にも知られていなかったそうです。彼は元弁護士なのですが、結構名の知れた大手の事務所だったので、そこのパートナーになるのが皆の目標だったのに辞めてしまい、誰も知らないNGOに入って「変わっている。」と言われたそうです。決してヒューマン・ライツ・ウォッチのようなNGOも一朝一夕にできたわけではありません。ヒューマンライツ・ナウだって30年後にどのようなNGOになるのか分かりません。日本の社会も変わりつつあると思いますので、期待をしているというところなのです。それくらいしか考えていなくてすいません。もっと大きく考えるべきだと思います。今後、グローバル・リーダーシップについて考えます。
     教育に何が大事かは、私は北岡先生に聞きたいのですが、何が大事なのでしょうか。

    (司会:北岡伸一)

     法学部の教授として少し自戒を込めて言うと、大学がイノベーションをやろうとする時に一番抵抗勢力になるのはしばしば法学部なのです。それは先例にないとか、このルールの趣旨と違うとか、そのようなことが多いのです。そういうことですから、簡単に言えば日本人は日本にあるそれなりによくできた精緻なシステムを運用するのにたけてきたのです。ところが、世界はそれだけでは動いていないのです。基本的にはもっと世界に目を開くということなのです。世界の標準、世界の競争、世界の悲惨、世界の素晴らしさの中でものを考えていく時に、ちまちまとした身近な慣習や基準で考えないように教育しなければならないと思って、そのようにやろうと思っているのです。逆に言うと10年、あるいはもっと長くなるのでしょうか、いわゆる国際化が進んだいろんな制度の変更、すり合わせが必要になっているということです。実は法律の世界でも一番大きなチャレンジになっているのは国際化なのです。日本の仕組みはそれなりによくできているのですが、国際標準とはどうも違うというところがいっぱい出てきて、そのようなところがいろいろと壁に突き当たっているので、またどんどん変わってくるのではないかなと思います。
     先ほど、抵抗勢力と言いましたが、私が2005年に国連大使をしていた時にアナンさんが日本に来ることになったので「それは良い!」と言って、小宮さんにすぐに電話して「アナンさんに東京大学に来てもらって、講演してもらって、名誉学位を出しましょう。」という話をしました。小宮さんも「それは良い。」と言って、その話を進めたのですが、最後に一番抵抗したのが法学部でありました。「先例がない。」とか、「政治家を呼んだことがない。」などと言っていましたが、このような問題は大抵、先例はないものなのです。そのようなものはしばしば法学部的な思考から出てくるもので、ぜひそのようなことを越えてやっていってほしいものです。その点、卒業生の中から土井さんのような方が出てくると本当に嬉しいと思います。

     ★質問 6

     今日は貴重なお話、ありがとうございました。
     土井さんの日本での具体的な活動に関してお伺いしたいと思います。先ほどメディアや政府、またこのような場所でアウトプットをしているということだったのですが、テレビなど私達にも目に見えるような活動以外では、どのように政府に働きかけているのか、例えば議員の方に会っているのか、具体的にこのような法律があれば人権を護れるのではないかと、そのようなことを考えて提案しているのかということです。
    また、弁護士の資格をお持ちなので、それを活用して何かしているのでしょうか。具体的に日本で日本政府を動かすために、あるいは世論を作っていくためにどのような活動をしているのかをお聞きしたいです。宜しくお願い致します。

    (土井香苗氏)

     どうもありがとうございます。
     物事による決まったやり方はないので、例として述べるしかないのですが、例えば今ヒューマン・ライツ・ウォッチ全体としても力を入れているイシューの1つが、ミャンマー、北朝鮮、スリランカでの戦争犯罪、人道に対する罪を止めたり、ないしは過去に起きたものの場合はそれを調査して、訴追したりするという活動です。例えば北朝鮮の例を取り上げますと、北朝鮮は内戦はやっていないので戦争犯罪というものは成立しないのですが、人道に対する罪が成立する可能性があります。政治犯収容所での組織的な奴隷化や拷問、あるいは日本もその被害国なのですが、拉致も組織的にやっているということで、人道に対する罪に該当すると思われます。ただ「該当する。」とヒューマン・ライツ・ウォッチが言っているだけでは何も起こらないので、これを国連の中で調査委員会を作って、実際にこのような犯罪が行われているのかを専門家が調査するのです。専門家パネルを作り調査をして、かつ人道に対する罪が該当するかどうかの事実の認定に加えて、責任者の特定、さらに訴追が必要かどうか、勧告などをしてもらいたいというようなことをします。UNの「Commission of Inquiry」と呼ぶのですが、今までスーダンにも設立されて、最近はギニアでも設立されました。呼び方はまた「Commission of Experts」など、いろんな名前だったりしますが、いろんな国で設立されてきていて、人権侵害を止めるためのプレッシャーとして非常に有効だと、我々は見ているのです。このようなものを北朝鮮で作るためには、日本は北朝鮮に関してはリードを取っている国の1つなので、働きかけています。今年の国連総会が今、開催されているのですが、国連総会での決議に毎年「北朝鮮人権決議」という人権状況を非難する決議があって、日本がリードを取っている決議案があります。例えば、その中に1項目「人道に対する罪に該当するかどうかを調査する専門調査委員会を設立する」という文言を入れてほしいという要求になると、もちろんまず外務省に言いに行くのです。外務省側が「はい!はい!」と言ってくれれば、それでおしまいなのですが、多くの場合は「はい!はい!」とならないような要望を我々が持っていくので、そうしますと政治主導が必要になります。調査委員会を作るということは、北朝鮮にとっては大変なプレッシャーになるということと同時に北朝鮮が最もやりたくないことです。金正日氏にとってみれば、絶対に監獄で死にたくないし、ベッドの上で死にたいということもあるので、非常に反発があるのです。そうしますと政治主導が必要になると今度は国会議員に働きかけないといけないのです。国会議員も「ヒューマン・ライツ・ウォッチです。」と言って「はい!はい!」と言ってやってくれれば良いのですが、そうもいかないので、いろんな北朝鮮関連のNGOをまず組織しなければいけないのです。「いろんなNGOも皆同じように言っています。」と言うためにNGOのコアリションを作ったり、それに向けてまずメディアの人にも理解してもらわないといけないので、メディアのブリーフィングをやったり、そのようなものをやりながらNGOの共同要望のようなものを作って、いろんな国会議員に会っていくわけです。外交・防衛関係の委員会の委員の方々や、キーパーソンだけではなく、今ほとんどローリング状態ですが、とにかくいろんな人に会って外務省の政務3役とかにどんどん働きかけてもらうということをやるのです。また、自分のメディアなどでもこれを取り上げたり、このような所でも少しお話したりとかしているのです。そしていろんな方々の頭の中に残るようにしていくという地道な作業です。それは見える所でやっていることもありますし、またプライベートな会合もたくさん持ちます。

    ★質問 7

     今日はお話、どうもありがとうございます。
     去年の3月まで北岡先生のもとでこの大学院で勉強していたのですが、4月から日本にいる難民を含む移住者やその家族達の人権を現場で支援をしている日本に津々浦々NGOを束ねるネットワーク組織で働いています。それで質問は、現場にいる当事者と国際NGO、ヒューマン・ライツ・ウォッチでもいいし、そうでなくてもいいのですが、国際的なものとの間の確執というものについて伺いたいと思います。
     もっと詳しく背景を説明しますと、例えば確執はまずあるのかどうか、私はあると考えています。あるのであればそれをどのように克服していかなげればいけないのかということです。現場の当事者であるとか、支援をしている人達は弁護士ではないし、必ずしも英語も話せる人達でもないのです。現場を知っている人というのは英語を喋れませんし、日本語で上手く伝えることもできないことが多いです。そのような方達を束ねて、日々活動をして、国連であるとか、政府であるとかに働きかけているのですが、今年移住者の権利に関する国連の特別報告者が来た時に、特別報告者に説明をしたり、またいろいろとコーディネートをしたりする時なのですが、しっかり伝わっているのかという現場からの心配があったのです。また、伝わってないのではないかなという所もあるし、現場の人にとっては、国連は大きい存在で全然手が届かない所に自分が行って、話さないといけないのかという感覚なのです。何でここまで来て話さないといけないのかという感覚なのですが、当事者としては自分の経験を話すこと自体凄く苦しいことでもあるにもかかわらず、国連のために話すという現場での活動を見てきたのです。そう話すとやはり国際NGOは現場の人を分かってないのではないかという答えになってしまうかも知れませんが、そうではなくて現場も現場なりにかなりマニピュレーション(Manipulation)が利くのです。コーディネートをする人としては、この人は何も分かってないからこちらがこのようにコーディネートすればこのように言ってくれるだろうと考えて、マニピュレーションをかなり働かせています。そういうこともあるので、必ずしも当事者だからと言って、無実ではないということを踏まえつつ、確執というのがあるのかということをお聞きしたいと思います。

    (土井香苗氏)

     凄く現場にそくしたご質問です。我々に限らないかも知れませんが、いろんな団体と付き合って、コーディネートするということはどこでもテンションがあるものだと思います。確かに国際NGOと現場の当事者団体というのは、立場が全然違うということもありますので、さらに国連になればもっと違うかも知れませんが、そういう意味ですり合わせるということは、上手く行くこともあれば、非常に大きなフリクション(Friction)が起きている事例を聞くこともあります。私達は毎年年2回くらいたくさんの同僚と会う会議を開いて意思疎通をしています。そういう所でよくケース事例としてお互いにシェアしています。現地のNGOと上手く行かなくなってしまったような事例も事例研究として出して、これを避けるためには本来はどうしたら良かったのかをよく話しています。これはビジネスではないので、何かをやってくれたらお金が来て、それで良いのではないかというシンプルな関係ではなく、お互いに何か良いもの、良いことの公益のために、基本的には損得抜きでやっているので、上手く行けば良いのですが、非常にデリケートなものであるということも凄く感じています。おっしゃる通り、いろんな難しいマネジメントがあるのですが、そこを上手くできてこそ一番優秀な現場のリサーチャーであり、そこを上手くやることも凄く求められているのです。ただ良いものを書けるだけではなく、良い人間関係、また良いマネジメントができる人間というのが良いリサーチャーであると思っています。

    ★質問 8

     貴重なお話、ありがとうございます。
     ヒューマン・ライツ・ウォッチの世界を変えるという手法についてお伺いしたいと思っています。お話をお伺いしていると、人権侵害を行っている紛争責任者の訴追であるとか、後は国に対して制裁をかけて、プレッシャーをかけて、その人権侵害を止めようということであったと思うのですが、プレッシャーをかけ続けるということは一方で孤立化してしまう可能性と頑な態度になってしまうようなリスクもあると思うのですが、それについては迷いなくプレッシャーをかけ続けているのか、葛藤の中でやっているのか、それともそもそも優しく言って分かってくれるのであれば、そうやっているのだから迷いなくプレッシャーをかけているのか、その辺りをお聞かせ頂ければと思っています。

    (土井香苗氏)

     孤立化という意味では、先ほどミャンマーの例で北岡先生が中国の方に逃げるということをおっしゃっていたのですが、特に最近中国の巨大化と共に難しくなっている非常に現実的な問題であると思うのです。基本的には国も人間が運営しているので、人間というのは公に非難されたくないという気持ちが非常に強いということがあります。当然、制裁も受けたくないという気持ちもありますので、その人間の基本的な欲求が行動の基本であると思います。そういう意味では優しく「やめてね!」と言われるよりは朝日新聞の一面に「やめろ!」と書かれる方がプレッシャーの度合いが強いというのは基本であると思っています。外交官と話をすると「プレッシャーはそもそも効かない。ダイアログが一番だ。」のような言い方をしている方にもたまに会います。それは少し言い過ぎではありますが、そのような論調も見当たるのです。私は元々弁護士で、交渉ということが仕事だったので、「やめてね!」と言って交渉に勝てることは、ほとんどなくて、いかにがつんと向こうに痛い戦略をたてるか考えていました。向こうの弱点が何かを見つけてがつんと言った上で、もちろん最後は交渉するのです。何も向こうの弱みも握ってないのに「やめて!」と言って、「はい!」ということは難しい交渉でありえないことなので、やはり戦略的にやらないといけないのです。その意味ではいったい何が彼らの弱点なのか、逆に言えば何が欲しいのか、彼らが欲しいと思っていることに条件付けするのです。制裁もやたらめったらにかければそれで良いかと言うとそうではなくて、彼らにとっての凄く大事なものに対して制裁をかけていく必要があり、しかも国民に被害がないような制裁でなければいけません。そのようなことを分析したり探したりするのも、言ってみれば非常に面白いのです。いずれにしても良いプレッシャーと言いますか、的確なプレッシャーというのは基本的に効くと考えています。しかし、プレッシャーをかけると彼らも痛いと思うのでしょうが、痛いと思った時のオルターナティブとして中国などがある状況なので、非常に難しいです。だからこそ中国にもヒューマン・ライツ・ウォッチとしていろいろと働きかけもしますし、プレッシャーもかけ、その外交を変えようとしているのですが、中国ではない国をとにかくできるだけ自分側に付けたいというか、ヒューマン・ライツを尊重する側にしなければ、とにかくこのゲームは勝てないのです。その意味では本当に難しくなってきていると感じています。ただ、中国がいるから「では皆、中国のように甘くなろう」という方向に行ってしまうと、本当に皆底に向けたレースになってしまうのです。法も秩序も無いような世界の方に向かっていってしまうので、それはどうしても避けなくてはならないと思います。おっしゃる通り、非常に難しい場面がたくさんありまして、実際には中国の影響力に勝てていない部分がたくさんあります。

    (司会:北岡伸一)

     大体時間になりました。どうも活発な議論、ありがとうございました。
     若干、補足を付け加えてまとめる2~3分言っておきます。日本も最近ヒューマン・トラフィッキング(Human Trafficking)と言って、東南アジアから来ている女性がパスポートを取り上げられて事実上軟禁状態に置かれるということが結構ありました。それが国際社会で暴かれると、日本は恥の文化ですからそんな恥ずかしいことということで、割合すぐに止めたのです。ですから圧力をかければ効果はある、ただ効果が上がるのはそのような文明的な国だけなのです。それから圧力をかけると難しいのはしばしば弱者が困るということなのです。病人や子供や女性が困るということがあるのです。逆に、そのような悲惨な、大きな問題が起こっている国というのは大体政治に問題があるわけです。何かの独裁者なのです。そのような独裁者に対してニコニコ戦術は通用しないのです。それもまた事実なのです。それを何でもかんでも国際NGO はどういう方針でなどと言っても、それは無理な話なので、国際NGOはある程度最初の主張を貫いて、それを国際機関や主要国の連帯のプレッシャーの中で動かしていくという複雑なゲームになって、それでもなかなか動きませんが、やっていくということであると思います。
     この間、法律というのはとても重要な武器だというお話をしましたが、それ以外のファクターである国際関係、歴史もとっても重要であると思います。現に中国のことばかり言って悪いのですが、私は日中歴史共同研究というものをやっていたものですから、中国のかなりの人はチベットが古来中国の一部であると本当に思っているのです。それは全く間違っています。チベットが中国の一部分になったのは、元の頃、清朝の頃で、基本的にそうではないのですが、それを信じているのです。結局のところは「知の力」と言いますか、真実を、事実を学問的に明らかにしていくということを根っこに置いて、それをそのロジックのゲームとしている法律家がやって、国際社会が連帯を作っていくのです。様々な、複雑な行動で、難しいと言えば難しいのですが、それは言い換えれば国際政治の極めて興味深い対象であるということにもなります。そのようなことをやってみたいというのは、人道的な関心からも、また知的な関心からも増えれば良いなというように思っています。
     私は今日の土井さんのお話を聞いて感心したのは、一般的に前からそうなのですが、非常に自制的な、客観的な、行き過ぎたり、間違えたりしないということに、自分達の活動自身を客観化して見て、やっているところが結構あるということです。このような団体が信用を無くすと非常に困るものです。例えば、すぐ目の前にいる人を救済するよりは、もっとマクロに客観的にアプローチしていこうという姿勢などもそうであろうと思います。
    そのような所も含めて、今日は本当に良いお話を伺いました。卒業して12年です。それくらいでこんなに活躍される方が出てきたということで我々にとってはとっても嬉しい話であります。今日の土井さんのお話を聞いて、私もそのようなことをやってみたい、あるいは違った分野でも何か世界的な問題に取り組んでみたいという人が1人でも2人でも出てきたら、嬉しいと思っています。
     最後に土井さん大きな拍手でこの会を終わりたいと思います。

    (拍手)

    (土井香苗氏)

     貴重なお時間を頂きまして、ありがとうございました。

    (講演会終了)