学術創成研究プロジェクト
平成13年度新プログラム方式による研究
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ボーダレス化時代における法システムの再構築

■研究の必要性
現代のどの法的領域をとってみても、急激な国際化、社会の変動、情報や遺伝子をはじめとする科学技術の発展と社会的普及等に伴って、従来の法制度、法概念、法的形式の妥当性が根底から問われている。具体的な事例は無数にあるが、いくつかの代表的な領域を挙げれば、
情報技術の急速な進展に促進された経済の国際化は、経済主体及び取引の法的形式をも大きく変動させ、複雑化させるとともに、課税方法や国民生活の保護の観点から当然視されてきた経済規制のあり方に対しても、根本的な再検討を要請している。
国際金融上の要因等から、アジア・アフリカ諸国、あるいは旧共産圏諸国に欧米の法的・経済的スタンダードとされるものが急速に導入されているが、社会的条件が異なるために、必ずしも期待された機能を果たしえず、当該国内のみならず、国際的にも多大の混乱をもたらしている。
情報技術の発展による放送と通信の融合にみられるように、市民間のコミュニケーション空間の構造が変化しつつある。それに伴い、コミュニケーションの空間確保のための法制度自身の変容も求められている。
人権保護の国際化の進展によって、逆に文化的な相違や政治状況に規定された「法」や「人権」概念をめぐる立場の相違が顕在化し、近代西洋法において比較的厳格に定義されていたこれらの基本概念が相対化しつつある。
個人と社会、国家との間の関係における様々な変化は、家族のあり方を大きく変え、そのことは更に労働市場、労働法や社会保障の領域にも大きなインパクトを与えている。
人、資金、情報の国際的移動の激化は、国内の治安と国際的安全保障の間の境界を相対化するが、この二つの領域は、伝統的に異なるもろもろの法原理によって編成されており、両者の単純な混淆は問題の解決にはならない。
科学・技術利用や人間活動の様々な負の側面が認識されるに伴い、各領域に広がる環境問題が重要な考慮事項となってきた。そのため、法制度設計において科学・技術利用に伴う不確実性にいかに対応するのか、多様かつ多量な主体の行動をいかに誘導するのかが新たな課題とされ、新たな法概念(例:予防原則)や法的手段が模索されつつある。
医学・生命科学・精神科学等の発展とその知識の普及により、従来の民事法や刑事法の法概念や法制度の根底にあったフィクティヴな諸制度、例えば「法的人格」の概念や意思の自由を前提とする刑法上の責任主義、更には刑罰についての考え方等についての合意が揺らぎかねない。
伝統的な意味での国際法上の実定法源とは言えないような、様々な機関や団体の間のインフォーマルな規律が、国内の法のあり方に対してもこれまでになく強い影響を及ぼしつつある。
れらのごく限られた実例からもわかるように、現代世界において、法システムは、これまでの法学のディシプリンの区分では、その問題関連すらも正確に把握することが困難な複雑な挑戦を受けている。しかし、例えば国際取引と金融の世界一つをとってみても、そこで現在どのような法的現象が生じているのかを総合的に把握しようとする研究は、日本のみならず、いかなる国の研究施設においても行なわれていない。
このような状況のもとでは、日々顕在化し、解決を迫られている個々の問題点に対する解決策は、相互の関連を欠いた対症療法になりがちである。そして法的なシステムの全体としてのあり方の検討を怠った対応は、現実の経済的利害や権力関係、更にはグローバル・コミュニケーション上の優位な地位を、そのまま「法」の名のもとに裁可する危険すら秘めている。例えば、経済や情報の分野で「グローバル・スタンダード」として主張されるものが、果たして法システムの観点から妥当なものであるかを批判的に評価するためには、現代における「法」、「法的形式」のあるべき姿に対する真の意味での批判的洞察が前提とされねばならないであろう。また、これまでに経験したことがないように思われる最先端の諸問題があるからこそ、再び歴史的パースペクティヴの中に置き直して、それらが長い歴史の中で発展してきた法システムにとってどのような意味を持つ変化なのかを改めて検討することは、実践的な解決策を提案するためにも不可欠である。

更に、以上のような現代世界の挑戦を正面から受け止めた研究は、法学教育、法曹養成にとっても重要である。西洋的な法システムにおいて「法」・「法学」・「法曹」は相互に不可分の関係にあり、現在の法学の抱えている問題は、そのまま法曹養成の問題でもある。現代世界における法システムの再構築は、法曹養成の理念と制度の再構築にも直接つながるのである。近年、ロースクール化等の社会的要請に伴い、法学教育の器の議論は多くなされているが、その基礎ともなるべき現実の実務的要請との対話を踏まえた学問的総合的基盤構築の努力が十分になされているとは言い難い。本研究はそのような未対応の社会的ニーズにも応えようとするものである。


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