東京大学大学院法学政治学研究科・法学部

コラム12:生き方の悩み

学習相談室

コラム12:生き方の悩み

若い時には誰しも「いかに生くべきか」という問題に思い悩むことでしょう。もちろん、これは若い時だけの悩みとは限りませんが、学生時代には将来の進路を決めるという、一生の中でも重大な決定をしなければならないために、とりわけこれは大きな悩みの種ともなり得ます。時折、「これは私の天職です」とおっしゃる人生の諸先輩のお話を見聞すると、何とすばらしい人生だろうと羨ましく思わずにいられません。しかし、そのような人たちも決して平坦な人生を歩いて来られたわけではなく、むしろ大きな困難を克服してこられたからこそ、大きな満足感も得られるのだと思います。

 

ところで、「いかに生くべきか」という問いが困難なのは、客観的な「正解」が存在しないことが一番の原因ではないでしょうか。もちろん、「これが私の天職だ」と言える人のように、結果的に正解だったという場合はありますが、それはあくまでその人にとっての正解であって、はじめから万人にとっての正解などというものはあり得ません。ところが、この問題に悩んでいると、「いかに生きるのが正しいか」というように客観的な正解を求めようとして、いつしか周囲の人の意見や価値観に沿ったものの考え方をしてしまっていることがあるのではないでしょうか。価値観が多様化したと言われる現代でも、周囲の人々の価値観や自分に対する評価や期待などは、知らぬ間に自分の考え方や見方を拘束しているものです。しかし、「いかに生くべきか」という問いに正解が存在しない以上、結局は自分で決断して選び取るしかないのです。その際には、まず「自分が何をしたいのか」という自分の本当の気持ちに耳を傾けるのが最初の出発点になるのではないでしょうか。

 

他方では、今述べたことと矛盾するように感じられるかもしれませんが、自分一人の考えに凝り固まってしまうのもよくありません。ポール・オースターの小説『幽霊たち』や『シティ・オヴ・グラス』には、奇妙な依頼を引き受けた探偵やニセ探偵が、次第に日常性を喪失して精神的に追い詰められていく様子が描かれています。そうなってしまう大きな原因のひとつに、彼らがほとんど自分一人で問題を解決しようとして世界との関わりを喪失し、自己閉塞的な思考のなかで増大する不安から、ますます奇妙な非日常的世界から抜け出せなくなってしまうところにあるように思います。小説として読む分には面白いのですが、現実にこのような思考法に捉われてしまうことはとても苦しいことでしょう。こんな時、誰かに相談してみると、自分の抱えていた悩みや不安は、自分の頭の中で過大に膨張していたことがわかるかもしれません。そのような相談相手の一つの選択肢として、この学習相談室を気軽に利用してみてはいかがでしょうか。

 

(文責:稲田)