東京大学大学院法学政治学研究科・法学部

コラム35:諦めることと精神的健康

学習相談室

コラム35:諦めることと精神的健康

春です。新3年生の皆さんは本郷での学生生活が始まりますね。新4年生の皆さんは就職活動が本格的に始まり、ご自信の進路が決まる大事な一年になるのではないかと思います。大学生活を送る中でご自身の希望の進路を決め、そこに進めるということに越したことはないのですが、それがなかなかうなく果たせない、つまり当初考えていたのとは違った進路を選択せざるを得ない方も楽手相談室には多くいらっしゃいます。そのようなときに、どのようにそれを乗り越え、少しでも前向きになることができるのか、諦めることの心理学的機能に関する私の研究をご紹介します。

 

「諦める」というのは、ネガティブな印象を持たれがちですが、大学生のうち3分の2程度の人は、「人生を振り返って自分にとって重要な諦め体験がある」と考えていました。ここから、諦めるということは進路選択などの人生上重要な出来事と関連していることがわかります。そして、過去の諦め体験を人がどう意味づけているかについて、「有意味性認知」「逃げ認知」「挫折認知」という大きく分けて3つの種類があることがわかりました。つまり、諦めるというのは、単純にネガティブというだけではなく、そこからポジティブな意味づけに転化する可能性のある出来事であるといえます。また、研究からはそういった過去の体験に対する意味づけが「時間的展望」という概念を解して、今の精神的な健康とも大きく関わっていることが明らかになりました。この時間的展望というのは、過去をどれくらい受容できているか、現在どれくらい充実しているか、未来にどれくらい希望を抱いているかといった、過去・現在・未来に対する時間的な見通しのことを指します。つまり、たとえ諦める経験をしたとしても、その経験が、過去の体験を活かしたり、今現在の自分自身の生活や生き方を見直したり、あるいはそこから将来への飛躍に繋がる契機になることがあると言えます。

 

大学生においては過去の諦め体験に対する意味づけと精神的健康に関して、性差は見られませんでしたが、平均30歳前後の成人期前期の調査結果では違った結果が得られました。成人期前期では、女性において有意味性認知と精神的健康との関連が大学生よりも低下していたのです。ここから、成人期前期と比較して、大学生という時期は(特に女性にとって)諦めることをうまく活かすチャンスであるということができるでしょう。現代において、卒業して就職するということになると、自分の進路を問い直したり、全く新しいことを始めたりすることは残念ながらかなり大変ですから。

 

この研究から言えることは、大学生の時期は、自分なりの考え方や価値観を問うて、自分にとって価値を見出せるものを見つけていく大事な時期であるということです。特に3年生や4年生では、進路選択において自分の理想と現実にシビアに向き合わないといけない場合も多くなってくることでしょう。誰にとってもそういう時期は必ず訪れるのですから、うまくいかないことがあったときに自分を責めることはありません。むしろ、これまでの自分の考え方や価値観を見直す機会として肯定的に捉える視点も持ってみてはいかがでしょうか。当相談室でも、来談いただいた方は納得した選択ができるよう、結論よりもその答えを見出す課程に一緒にお付き合い致します。

 

(文責 菅沼)