東京大学大学院法学政治学研究科・法学部

コラム37:進路で悩んでいる方へ(1):鈴木重子さんのメッセージ

学習相談室

コラム37:進路で悩んでいる方へ(1):鈴木重子さんのメッセージ

先日「掲示板」でもお知らせしましたように、5月21日(木)に開催されました「鈴木重子さん お話と対話~『本当に大切なもの』から生きる人生を選ぶ~」は、大好評のうちに終了いたしました。

 

鈴木さんは講演の中で、進路に悩んでいる人たちに、とても大事なアドバイスとメッセージを伝えて下さいましたので、ここにその一部をご紹介します。

 

■幼稚園時代から高校時代までのお話は(それも重要なのですが、スペースの関係で)省略して、大学時代から歌手になるまでの経緯から――

 

・大学2年になったとき、法学の勉強が私には全然面白くないということに気付き、なにか利き手じゃない方の手で字を書いているような感覚でした。学年が上がり、周囲の友人たちが進路を決めていくなか、私自身は一体何になればいいのか全くわかりませんでした。早起きが嫌いで、お勤めができるとも思えなかったので、資格があればいいなという、今思えば薄弱で不遜な動機から、司法試験の勉強を始めました。しかし、勉強はちっとも進まないのに、勉強しなければいけないという焦りだけがどんどん雪だるま式に大きくなっていきました。
・2年留年して卒業した後も2年ほど司法試験の勉強を続けていましたが、最後の2年間くらいは、今で言う引きこもり状態で、勉強したいんだけど、机の前で本を開いたまま、ぼーっとして過ごすという状態でした。
・試験に受かる展望もなく暗たんとした日々を送っていましたが、そんな黒い雲に覆われたような生活の中で、一箇所だけぽっかりと開いた穴から青空がのぞいているように感じられたのが、音楽をやっている時間でした。
・大学6年目のとき、ジャズボーカルの先生から「ジャズクラブで歌うバイトをしてみないか」と声をかけられ、ライブハウスのステージに立った瞬間、「私は生きていたんだ!」「私には身体や感情というものがあったんだ!」と思いました。
・卒業してから2年の間に、だんだん多くの場所で歌を歌うようになっていましたが、歌手になろうとか、歌手になれるといった考えは一度も思いつきませんでした。ある日、ライブからの帰りの山手線の電車の中で、明日はどんな曲を歌おうとか、そんなことを考えながら、頭の中で歌を口ずさんでいたんです。そのとき、ふと、「あら、私は今、すごく幸せな気分だな」と気づいたんです。そして、「もしかして、このことをずーっと30年間やり続けていったら、30年後にはやっぱり幸せなんじゃないだろうか」と思ったんです。それまでの私は、明日のために今日の苦しみを我慢するという生き方をしていたんですけど、そうじゃなくて、今自分が幸せなことを、楽しい気持ちを誰かと分かち合えたら、その幸せが周りに伝わって、そこに循環ができる、ということに気づいたんです。これは、目から鱗が落ちるような、コペルニクス的な大転換でした。その翌日から、私は司法試験の勉強をやめました。自分が本当に大切なものを見つけたとき、私がすでに歌手であるということを発見した、ということです。

 

■歌手になってからの生活と考え

 

・歌手になって、音楽事務所に入るまでは、酒場で酔っ払った人たちとお話をして、自分で営業活動をするという生活でしたが、それが嫌だとかつらいと思ったことは一度もありませんでした。むしろ、人生はこんなに楽しかったのか、と思ったことを覚えています。私は、歌を歌いながら、自分の持っていた痛みや苦しみをだんだん癒していたんだな、と思います。
・歌を歌い始めて、とてもびっくりしたのは、あまり努力をしてはいけない、ということでした。本当に響くいい声を出すためには、適切に力が抜けている必要があります。不要な力を使わないことが大切なんですが、それがなかなか達成するのが難しいことでした。それは私が今までやってきた努力の仕方とは全く違うことでした。
・本当にいい歌を歌うということは、単に立派な技術を見せるということではなく、聴いてくださる人たちに向かって、本当に心から語りかけるような気持ちで歌うことが大切で、それが必要な技術を生み出してくれるのだ、ということがわかってきました。
・次には、音楽の世界の外でも、社会の中で人々がもっと幸せに暮らしていくっていうのはどういうことなんだろうと、学生時代とは全く違う視点で思うようになりました。例えば、国外で紛争が起こっていたり、戦争や飢饉の犠牲になって家を追われている人々がたくさんいるという現実が、他人事ではなく、自分の中に入ってくるようになりました。
・今までいた競争から降りて、違うところにいるという経験をしてみると、実はそこには、私が想像もしていなかったようなとても面白い人たちがいて、とても面白いことをやっていることや、とても困っている人や苦しんでいる人がいたりするということもわかってきました。私の歌手としての歩みというのは、ある意味、私にとっての世界のあり方、世界像が変わっていく歩みでもあったと思います。

 

■進路に悩んでいる方たちへのアドバイス

 

・ひとつは、休みをとって、今とは違う環境に自分を置いてみるということです。海外でもいいですし、お勧めしたいのは、自然の中ですね。自然がたくさんあるところに行くと、私たちが社会の中で身につけている条件付けをある程度手放すことができるので、そうすると、自分の心をもっとよく聴くことができるようになります。あるいは、貧しい人たちのためのボランティアとか、アフリカの難民キャンプに行ってみるとかもいいと思います。今いるところと全然違うところに行って、そこの人たちが一体何を感じて何をしているのかを、その人たちの目線から見てみることで、思いもかけなかったような、自分の欠片が見つかるかもしれません。悩みがあるときには、私たちはとても大きな自分自身の一部しか見ていないということなんだと私は思っています。
・もうひとつは、五感で感じることを大切にするということです。普段、私たちが聞いている自分の声というのは、頭で考えている声です。その声をやり過ごして、もっと深くにある声を聴いていくうちに、もっと違った小さな声が聞こえてくるようになります。その声は自分の五感を通してやってきます。例えば、何かを聴いたときのワクワクするような感じだったり、なんかよくわからないけど、これだけは毎日やっちゃうんだよねー、みたいなことだったり、なぜかこれを聴くと涙が出てしまうということだったりします。そういうことを大事にしていくことによって、自分の世界がその周りに形作られてくるようになってくると思います。それがすぐに職業に結びつかなくても、何が自分にとって大切なのかということを理解しているのといないのとでは、今後の自分のやりがいとそこから自分が選ぶ選択とが変わっていくと思います。だからこそ、頭で考えることではなく、身体の言ってくれることに是非耳を傾けて下さい。

 

(文責:稲田)