東京大学大学院法学政治学研究科・法学部

コラム49:ストレスの効用

学習相談室

コラム49:ストレスの効用

現代社会はストレスに満ちていると言われるが、東大法学部生が日々感じているストレスもかなりなものだろう。そして、メディアやネットでは、ストレスがいかに健康に悪影響を及ぼすか、また、どのようにしてストレスを解消するか、といった情報も溢れている。

 

ところが、米国で20世紀末から今世紀初頭にかけて、3万人の成人を対象に行った調査で、「日ごろ強いストレスを感じているか」「ストレスは健康に悪いと思うか」という2種類の質問に対する「イエス」と「ノー」の回答の4種類の組み合わせを調べたところ、「強いストレスを感じている」かつ「ストレスは健康に悪いと思う」と答えたグループの死亡率が最も高かった一方で、「ストレスを感じている」かつ「ストレスは健康に悪いとは思わない」と答えたグループの死亡率が最も低いという結果が出た。つまり、健康に影響を及ぼしているのは、ストレスそのものというより、ストレスとその受け止め方であるということがわかったのである。

 

また、調査会社ギャラップが2005年から2006年にかけて世界121カ国、12万5000人を対象に行ったストレス調査では、ストレス指標が高い国ほど、平均寿命が長く、GDPは高く、国民の幸福感や満足感も高かったという。さらに、全米の成人を対象にした別の研究では、過去にストレスフルな出来事を数多く経験した人ほど、自分の人生を有意義と捉える傾向が強かったという。

 

このような研究結果を踏まえ、スタンフォード大学の心理学者、ケリー・マクゴニガル教授は、ストレスはモチベーションと活力を与え、集中力を高め、個人の成長を触発すると主張する。そして、ストレスを正面から受けとめようとする人に比べて、ストレスを避けようとする人々は、不安や気分の落ち込みを感じやすく、鬱になる傾向が高く、ストレスを避けることで、連帯感や帰属意識といった社会的幸福が低下し、「人生の意義」が失われてしまう危険性が高いと警告している(以上、マクゴニガル『スタンフォードの心理学講義』参照)。

 

このような主張は、一見、意外に思われるかもしれないが、よく考えると、当然のことだと納得できる。また、ナチスの強制収容所を生き延びた精神医学者で、『夜と霧』の著者であり、ロゴセラピーの提唱者でもあるヴィクトール・フランクルも、別の角度から同様の主張をしている。彼は、人間が本当に必要としているのは、緊張のない状態ではなく、むしろ自分にとって価値があると思われる目標のために奮闘努力することであり、そのときに感じる緊張感こそ、精神的健康にとって必須の条件であり、心的な幸福にとって欠かすことのできないものである、と述べている。それゆえ、緊張の欠如は、それが意味の喪失をもたらすゆえに、精神的健康という点では、極度の緊張と同じくらい危険なものであり、危険はむしろ、自分が満たすべき意味に挑戦するという重荷を背負っていないことのなかにこそあるのだと主張している(フランクル『虚無感について』参照)。

 

このような主張を聞くと、ストレスの意味がまるで違って感じられてこないだろうか。それは、自分が挑戦すべき課題を背負っていることの証左であり、その課題に緊張感をもって主体的に取り組むことこそ、自らの精神的健康を保つ秘訣であると知れば、ストレスの多い毎日も決して悪いものではなく、むしろありがたいとさえ思えてくるから不思議である。