東京大学大学院法学政治学研究科・法学部

コラム61:赤のマントと緑のマント

学習相談室

コラム61:赤のマントと緑のマント

10月に入り過ごしやすい日も増え、新型コロナウイルスの感染者数も少しずつ落ち着いてきましたが、みなさんいかがお過ごしでしょうか。新学期が始まり、忙しくされている方も多いでしょうか。

 

今回は、ひとつの思考実験を紹介したいと思います。

 

もし、あなたがヒーローになれる魔法のマントをもらえるとしたら、赤のマントと緑のマントのどちらを選びますか。赤のマントには、私たちが望んでいない世の中の問題と戦う力、つまりネガティブな物事に対処する力があります。一方、緑のマントには、世の中の望ましいことのために戦う力、つまりポジティブな物事を起こしていく力があります。

あなたはどういう理由でどちらを選びますか。

 

赤のマントを選んだ人の中には、「私たちの世界には深刻な問題がたくさんあるから、赤いマントでそれらに立ち向かっていく」という人もいるでしょう。一方、緑のマントを選んだ人の中には、「問題を除こうとするよりも、望みをかなえることに取り組む方が魅力がある」と答える人がいるかもしれません。

それぞれにそれぞれの理由があると思います。大事なのは、どちらが正しいかということではありません。ここでのポイントは2つあります。ひとつ目は、2つは種類が異なるマントだということです。世の中には解決すべき問題も、注目すべきポジティブなことも、どちらもたくさんあり、どちらかに取り組むことはもう片方に取り組むこととは別のことなのです。

このことは、私たちの健康についても同じことが言えます。どういうことかというと、健康や幸福でいるということは、病気や不幸がない状態とは異なるということです。たとえば、病院で診察を受けて病気ではなかったと分かっても、それは必ずしもあなたが健康だということを意味しないでしょう。もし睡眠不足や運動不足、食生活の乱れが続いていたら、将来的には何らかの病気に罹るかもしれません。心の健康についても同じで、不安や抑うつ状態ではないことが、心理的に健康だということを意味するわけではないことが証明されています。すなわち、心身ともに健康的な生活を送るためには、緑のマント(ポジティブな面を増やしていく力)は不可欠なのです。

 

緑のマントを選んだ人の中には、「ポジティブなことによって自動的に問題も解決されうる」という人もいるでしょう。たとえば、バランスの良い食事を摂ることは、病気から身を守ることにつながるように、緑のマントを使うことで、赤のマントは使う必要がない場面があります。しかし、既に述べたように、その逆はほぼありません。

では、赤のマントは不要でしょうか。もちろんそんなことはありませんし、実際世の中には解決すべき問題が山ほどあります。庭や畑を想像してみてください。花や作物を育てるには、種を蒔いて水をやるだけではなく、雑草を抜かないといけません。私たちにとっても同じで、より良く生きていくにあたっては、緑のマントも赤のマントも持っていること、すなわち、リバーシブルのマントを持ち、2つの面を効果的に使いこなすことが大事なのです。これが2つ目のポイントです。

 

さて、冒頭では魔法のマントと言いましたが、この2つの力はもともと私たちに備わっている能力です。しかし、私たちはマントの赤い側を使いすぎる傾向、つまり、周りの問題ばかりに気づいてそれに対処しようとすることが多い傾向があります(ネガティブ・バイアスと呼ばれます)。そして、ポジティブなことにはあまり注意が向かず、それらは通り過ぎて行ってしまうのです。

 

普段の生活を思い出してみて、いかがでしょうか。もし、自分は赤のマントを使っていることが多いなと思われた方がいらっしゃれば、このリバーシブルのマントを思い出して、自分や周りのポジティブな面にもぜひ少し目を向けてみてください。

 

*こちらの先生の講義をもとに執筆しました。

https://ppc.sas.upenn.edu/people/james-pawelski

 

(文責:谷)